ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2756, 何か変な世界の空気!
19歳の大学生のときに、郷里の新潟から上野行き特急の座席指定車に乗ったら、隣の席に座っていたのが、たまたま彼女だった。
以前から、おふくろには「東京の女には気をつけろ」とよくいわれていました。
見るともなしに見ると、どう考えても典型的な東京の女性。ベレー帽かぶって、その上にミニスカートです。
だから列車が出発して2時間ぐらいは一言もしゃべらなかった。清水トンネルを越えたあたりから、ちょっとお腹が減ってきたので、
ポストンバッグの中から、おみやげの笹団子を出して食べようとしたんです。 すると、どうも団子を持った手に熱い視線を感じる。
新潟を出て2時間も経っていて、私も空腹を感じているんだから、きっと隣の彼女もそうだろう、とそのとき思った。
で、どうしようかと一瞬迷ったんです。おふくろからの注意もあるから、そのまま放っておいてもいいわけですからね。
だけど、身近にお腹を空かしている人がいるのに、それを見て見ぬふりをするのは、やはり温かくないですよね。
で、一種の人類愛みたいなもので(笑)、ジーッと熱い視線を笹団子に注いでいる彼女に
「よかったらこの笹団子、一つ食べてみませんか」と差し出した。 
普通、見ず知らずの男から食べ物を進められたら、たいていの女性の反応は決まっています。
多少気持ちが動いたとしても「いえいえ、とんでもない」と一応は遠慮するものです。
  ーー
  *人を疑わない態度にひかれて自然と会話がはずんでいった*
 ・ 以下は字数の関係で中間カット(2007年10月21日)・
  ーーーーー
最終の学校時代に出会った人が最適の人と出会う確率が高いというから、
彼は彼なりに最高の人と出会ったのだろう。
               ババ━━━( ´ _っ`)ノシ━━━イッ!!!
・・・・・・・・
2006年10月21日(土)
2027, 「私」のための現代思想  −14
        おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

ーこの章の一番のポイントは次の部分であるー
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
それでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。また、構築されていた《私》も消滅しません。
    ーー    
 何度も何度も、この部分を考えてみた。納得できるような、釈然としないような深い内容である。
 《私》が死なないのは、ソクラテスの《私》がプラトンによって記録されて、永遠に生きていることをみても解ることだ。
 《私》は消滅しないということが哲学的にみて正しいとすれば「いま生きている瞬間」を全てを丁寧に、そして人生そのものを、
 あらためて考え直さなければならない。 {<私>と《私》は消滅しない}という言葉を「超越確実言明」としていれば、
 過去の人生は変わっていた!「死んでしまえば、それまでよ!」を{超越確実言明」としてきたが、
 そうではないということだ。 ブログなどで自分を語り、公開する時代なら尚のこと顕わになる。
その意味で、この本は難しい内容だが、根本から人生観を考えさせられる。「私」のことだから、根本問題である。
<身体>が消滅しても、<私>と《私》は消滅しないというカルトみたいなことが論理的にもいえるとは・・・
もう一度、本当に納得できるものか振り返ってみたが、矛盾は無い。 <身体>も<私>も《私》を大事にしなくては!
ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −B
    ー 正しく死ぬ・正しく生きる ー
    
 *<私>は「死」によっては消滅しない*
「《私》は、<他者>によって引き受けられている」<身体>が消滅しても、<私>は存在しつづける。決してカルトではない。
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
しかしそれでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。また、構築されていた《私》も消滅しません。

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10月21日(火)
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