ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2731, 恐慌前夜 −2
今回のギリシャ旅行の目玉の一つのデルフィの神殿について、立花隆の「エーゲ 永遠回帰の海」の中に、
解りやすい記述があった。 具体的で解りやすい興味を引かれる箇所である。
ギリシャはギリシャ神話と、哲学の起こったところであり、その原点がデルフィでもある。
最近、哲学がますます面白くなってきたことも、このギリシャ旅行への動機になった。
世界は深いし、人生ではその一端しか触れることしかできない。少しでも多く触れて、世界を知ることが人生である。
実際のところ、その場に行ってこそ、その一端が見えてくるのである。
ツアーとはいえ世界の光の場に多く立てたのは大きな心の財産になっている。プラトンの「饗宴」でも読もうか。

ーP・166より
古代人がどれほどアポロンの神託を信じ、それに頼っていたか、現代人には想像を絶するものがある。
国家の重要な政治的決断がしばしばデルフィの神託にゆだねられた。
戦争をすべきかどうかなどというおうかがいもしばしばたてられた。
たとえば、前六世紀、小アジアで最も権勢をふるっていたリディアのクロイソス王は
ペルシアは覇権を競い合う関係にあり、いっそ戦争をすべきかどうかで迷っていた。
そこでデルフィにおうかがいをたてると、「ペルシアに出兵すれば、大帝国を滅ぼすことになろう」
という神託を得たので勇躍して出兵した。しかし、その結果大敗北を喫して、リディアは滅びてしまった。
神託が当たらなかったわけではない。神託の「大帝国」とはリディア自身のことだったのである。
第三次ペルシア戦争で、アテネが全市をペルシアに開け渡し、海戦にさそいこんで大勝利をおさめた
サラミスの海戦の戦略も、デルフィの神託によって与えられたものだった。
あるいは、あのソクラテスが哲学をはじめたのも、デルフィの神託がきっかけだった。
あるときソクラテスの弟子の一人のカイレポンが、デルフィに行って、ソクラテスよりも
賢い者がいるかどうかアポロン神にうかがいをたてた。ソクラテスは当時のアテネに沢山いたソフィストの一人で、
最近評判が高いソフィストだった。 アゴラなどで、他の名だたるソフィストたちに片端から論争を仕掛けては、
これを次々になぎ倒して、高い盛名を得つつあるところだった。
  (以下、字数の関係でカット2008年9月26日)

・・・・・・・・・・
2006年09月26日(火)
2002, 具体的にみるWeb2・0社会とは −1
       おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

長岡商工会議所(9月24日13時半)でおこなわれた「グーグル Google」 の著者の佐々木俊尚氏の講演をまとめてみる。
テーマは「グーグルが拓く、『Web2・0』マーケティングセミナー」である。
著書の説明程度だろうと期待していなかったが、一時間半で最近のネット社会の現状を面白くまとめた内容であった。
「聴衆の、どのレベルを対象に話すのか」も興味もあったが・・
まだ本を出して半年あまり日々刻々ネット社会は進化しているようだ。その中でキーワードが幾つかあった。
「mF247」「ポッシュ」「ソーシャライズ」「MIXY」「あげ運」などである。
それぞれ個別に、何回か随想日記に取り上げ説明する。
ーまずはウエブ社会の潮流の話の内容を簡潔にまとめてみた。
   {字数の関係で一部カット(2007年9月26日)}
    −  つづく
                            \(^▽^*)バイ!
 ・・・・・・・・
 2005年09月26日(月)
1637, 37年前の私への手紙−1

ー22歳の日記を読み返してみて、当時の自分に手紙を書いてみたくなった。 37年前の自分は、
自分のアイデンティテーであるが、全くの赤の他人にも思える。だから手紙が書けるのだろう。

ー37年前の私への手紙ー
あなたの日記をまさか30数年経って、読み返してみるとは思っていなかった。どうして書いたかさえ憶えていない。
倉庫で偶然その日記を見たとき、書いていたことさえ記憶になかった。見つけた後、決して手に取ろうとしなかった。 

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09月26日(金)
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