ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396064hit]

■2729, 議論に絶対負けない法 −物語の力- 4
・最後に、このような主彊のすべてを最大限に生かすためには、どのような「ストーりー」にすればよいか・・・
 −−−
後記)秘境ツアーから帰ってくると、旅行記を書いている。これも物語にして、自分の記憶の中に深く刻み込む行為である。
 写真も残るが、それ以上の整理になるし、跡として残る。物語化は感受性に触れるから、新鮮なうちに書くことだ。
 それぞれの民族に神話があり、永年にわたって受け継がれてきた。神話が民族の民族たらしめている所以は、
 それが民族の心であるからだ。その心の底が端的に現れるのが神話ということは、このことからも納得できる。 
  私の人生、筋書をもっと念入りにすべきだったのか? 

・・・・・・・・・・
2007年09月24日(月)
2365, ウィーン・コンサート、それが何!

              ヾ(´∀`o)+。 オハヨウ    
ウィーンに在住の哲学者などというと、えらく格好良く聞こえるが、この哲学者にかかれば、何てことはない。
ウィーンに着いて早速、夫婦喧嘩をして妻に首を絞められたとか、ウィーンの新年のニューイヤー・コンサートに
日本からの即席の「お嬢様」がアホづらをして参加しているとか、辛らつである。
(こういう露悪者に好感を持てるのは自分がそうだから?)
新年にNHKが放送するところから、それが恰も知的なハイソサエティーな雰囲気をもたらすからである。
しかし日本が思うほどオーストリア人は音楽には興味をしめしてない。
確かにオーストリアの観光コースにツアーで行くと、毒気に当てられ、
何か音楽音痴は自分だけのように思うが、現実は一部マニアの道楽でしかないと中島がいうから確かなのだろう。
以前、北スペインに行ったとき、同行者が次の旅行は「ニューイヤー・コンサートに行く予定になっていて、
これで二回目」と聞いて、ハイ・ソサエティーの話と思い込んでいたが、話を聞けば趣味の一つでしかないし、
度々行くほどの事でもないことが解った。そんなものでしかないが、といって趣味なのだからケチをつけることもない。
しかし新年に限り、私もそのコンサートの番組だけは観ているが、新年の荘厳な雰囲気は素晴らしい。

 「狂人三歩手前」 ー中島義道著
 ー妻との壮絶なバトル、くたびれ果てたー
−−
2001年から2002年にかけて、クリスマは家族(妻子)が住むウィーンで過ごし、
三人が別々の日・帰国してお正月は日本で過ごした。
妻子は四年前の四月からウィーンに住んでおり、ユーフシア大陸を互いに往復する生活が恒例化している。
 ・・・中略 
(字数の関係で中間カット、2008年09月24日)
 ーーーー
 それにしても好きだよね! こういう みもふたもない話。

              ε(*´・∀・)з゛βуё βуё"
・・・・・・・・・
2006年09月24日(日)
2000, 継父
                (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをすることがなかった。

    痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
    マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた悪口・陰口が始まる。
    心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。亡くなって一月後になって、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いてしまった。

    両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。
    第二次大戦直後に生まれたが、あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・

ところで母の命日なので供養として、母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。

[5]続きを読む

09月24日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る