ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2681, マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術 −1
それはさておき、入門時に相撲道の精神を徹底的に教えなかった協会に問題がある。
「大相撲は神事」が前提であり、その前提を守らなければ追放すればよい!
今回は追放が当然である。 迷っている方がおかしい。
個人的には、戦後最強の横綱には悪役としてでも残って欲しいし、若手力士の前に立ちはだかって欲しいが、
ここまでの好き放題は「神事としての相撲道にとって百害があって一利なし」である。
北の湖理事長の人間としての未熟さが、そのまま協会としての態度を甘くした。
さらに元朝潮の高砂親方が輪をかけて甘い。いずれにしても、引退は避けられない事態である。
何事もなかったように処理することこそが問題だが・・・
日本の部数トップ誌の読売新聞の一面トップ記事で「引退勧告」と書かれて、
誰が土俵に上がることができようか?外国人なら過去の因縁が無いからありうるか?
横綱審議会とかいう「(大)変な集まり」が、この場面の出番じゃない?のか。
保身で生きてきた各界トップの教養人達は、こういう時は沈黙を保つものだ。
何度も「辞めさせるべき行い」があった時に、殆ど口出しをしなかった。
今回は即刻「理事長と高砂親方の辞任と、朝青龍の追放を進言した上で、彼ら全員が辞任すべきである。」
それが、当たり前。 何のために存在しているか、それすらも考えられないレベル? どうなの??
しかし現在彼が辞めたら、つまらなくなる!
あの相撲にかける気合は、人間離れした稀有な存在であり、相撲にかける情熱は尋常ではない。
辞めるに辞められない、辞めさせるに辞めさせられない、ってのは何処かの首相と同じじゃない?
これも文化・文明の違いによる相克か! おふたりの心の葛藤が直に伝わってくる・・・
一番好いときこそ魔がさすが・・・ 二人の共通点は進言する人物がいないことだ!
帝王学など有ろうはずは無いが、あるなら孤独にならないと!モンゴルに帰りたい??
帰ったら、辞めてから。 いや辞めれば、全てスッキリする。
ばいばい☆ヾ(=・ω・=)o
・・・・・・・
2006年08月07日(月)
1952, ローマから日本が見える−21
ー読書日記ー
第九章 ローマから日本が見える −1
さて、最終項である。この読書日記を書いていて、自民党を中心としてきた戦前からの官僚システムが、
共和制に酷似していることに唖然とした。それも二代目・三代目が恰も共和制度の破壊者という顔をして、
そのじつ国民を欺いている現状を鳥瞰できる。
小沢一郎も同じ穴のムジナだが、しかし本気で壊そうとしているだけマトモということか?
ー「リストラの」名人たち ー
BC753年の建国から始まっておよそ8Cにわたるローマの歴史が
この本の主旨であったが、ローマ人は「リストラ」に長けていた民族であった。
事業縮小や、撤退、人員の削減といった消極的な改良ではなく、
本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち再編成なり再構築に
何度も成功したからこそ、ローマは千年の歴史を持つことができた。
本書の中で取り上げた中でも大きなものだけで、数えて三回あった。
・最初は、王政から共和制への移行です。
BC509年、ルキウス・ユニウス・ブルータスによって第七代王「尊大な王タルクィニウス」が追放され、
以降は一人の王に代わって、執行官が毎年二人ずつ選出された、この二人が国の政治の最高責任者になった。
・二度目の改革は、BC390年に起こった、「ケルト・ショック」を機に行われた
共和制体部の改革である。貴族と平民との階級闘争も終わり、ローマの再興を果たすため、
政府の要職を平民に開放する決断もこの時に行われた。
・そして三度目の改革は、帝政の移行であった。
カイサルがその設計図を引いて、アウグストゥスが、そのとおりに石を積み上げていくことであった。
ローマの改革は、もちろんここで取り上げた三つだけではない。
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08月07日(木)
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