ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2632, 娘に贈る12の言葉
に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。
その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。
・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ
・アレア(偶然):くじ(宝くじなど)、じゃんけん、ギャンブル(競馬など)
・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと
・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ
カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、
遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、複数の要素を含むものも多いとする説もある。
 ーーーー  (^Q^)/゛ d(o^v^o)b !!(^Q^)/゛ \(^o^)/!! ^^*)ノ \(^^@)/ \^o^/ d(^_^o)
 なるほど、と思うが・・・

   「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。
    人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることになる。
    そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。
    何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。
    私の場合、ゲーム化が楽しみへ持ち上げるポイントであった。
    ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。
    到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、遊びへ転換する。
    ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として
    一般的に認められているが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、
    漠然とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象を与える。

    学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。
    遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。
    同じ人生、楽しまなくては! 何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。
 
 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー
 カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、動物学者の研究観察から認められている。
 その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。
・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて始めた“遊び”といわれる。
 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽(もうきん)類に襲われた場合に備えての
 チームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにすることが、高度な知的行為である。
 ーー イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に
 遊びが入っているところが、注目に値する。   d=(^_^)=b
     
     競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜!
    何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、
    ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、
    ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。
                   
          Bye♪  ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪      
・・・・・・・・
2006年06月18日(日)
1902, 感動と感激について             
        才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)

感動・感激・感謝は、
人生の豊かさという面で大きなキーワードである。
感謝は「ありがとう」というキーワードで多く書いてきたので、
今回は感動と感激について焦点をあててみる。

   まず「感激と感動の違い」についてである。感激は人の言葉や物事に心が感応することで、
    感動は大自然や音楽などに魂が感応することである。

感激は、その気持ちが対象に向かうのに対して、感動は自分の内側深くに向かう。

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06月18日(水)
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