ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2554, 閑話小題
A「原理」を提示する。
Bつねに「一から」(根底)から再始発する。
ー@について、宗教では世界説明をするのに「物語」を使います。
そしてこの簡潔な「物語」を通して、世界はなぜ、どのようにして存在したか、
人間はどういう理由で存在するか、なぜ生きて苦しみ、またその生の意味は何か、
といった自己と世界の存在それ自身についての「問い=謎」に対する答えが、
明快に与えられる。
これに対して「哲学」は、「万物」「原理」「水」といった抽象概念を
用いて世界説明をおこないます。ここで抽象概念とは、「一」「他」「同」
「静」「変化」「不変」「多」「完全」「不完全」「永遠」・・等々の言葉です。
「物語」を排し、「抽象概念」を使うことによって、哲学の世界説明が、
特定の文化や民族や共同体の限界を越えて、誰もがその思考に参加できる
いわば開かれた言語ゲームとなった。
−Aについて、哲学は「概念」を論理的に使用しつつ「原理」を提出する、
というルールで行われる世界説明(人間とは何かを含む)の言語ゲームだ、
といえます。そして、ここでの「原理」という言葉は、本来、
根本的で究極的な「真理」という考え方とは違ったものである。
自然科学の、仮説と実験とを繰り返しつつ理論体系を徐々に整備していく、
という基本方法は、一見、哲学の思弁的方法と異質なものと思える。
しかし、少し注意すれば、科学もまた、「物語」を禁じ手にし、
「抽象概念」を論理的に使用し、「原理」を提出し、さらにすでに
成立した世界説明を神聖化したり、固守したりせず、常に時代の要請に合わせた、
できるだけ深い前提に立ち戻ってもういちど理論を組み立て直す、
という根本原理によって成立していることがわかる。
哲学は、ある多様な現象を、どのような「キーワード」(=原理)で呼べば、
またそれをどう構成すれば、より普遍的な(=広い共通了解を生むような)
説明方式になるか、これが哲学どいう思索方法のもっとも革新的な方法であり、
自然科学はまさしくこの方法を「自然科学」の領域に当てはめ成立したものである。
−Bについて、哲学の重要な点がある。
それは哲学において、先人の説を聖化しないで常により根源的な仕方で、
「一から」考え直そうとすることです。
新しい哲学者は、必ず一度、先人の思考をもっとより深く根底的なものへ、
つまり普遍的な説明方式へ推し進められないか、と考える。
そして先人の提出した「原理」から現れる矛盾をよく考え抜き、
その難問をクリアしうる新しい「原理」(キーワード)を提出しようと努力する。
ともあれ、哲学の方法の本質は、自然科学の方法の本質と同じであり、
それは世界説明をより`普遍化’していくことであって、
「客観」」や「真理」へ届くための絶対的方法ではないのです。
ーーー
ー以上であるが、
「哲学=考えること」と、単純化すれば、
「考える」ということは、
@物語を使わないで「抽象概念」で、
A問題設定をして、これを展開する為のキーワードを提出して、
B対象の核心に受けとった上で、常に初めの一歩より再出発すること。
これが基本といえる。
これを「人生」ということに当てはめると、
より良い人生を生きる為には、
子供の時の夢を具体的な言葉として持ち、
常に自分の生きていく中で繰り返し、
そのイメージを大切にして生きること!である。
そのために、「よく学び、よく遊び、よく働く」ことである。
ポイントの「よく」は、キーワード(原理)を明確にすることである。
ヾ(*'-'*)バイバイ!!
・・・・・・・・・
2006年04月01日(土)
1824, あちら側の世界 −5
オハ (´・ω・`)(ω・`)(・`)( )(´・)(´・ω)(´・ω・`)ヨ〜
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