ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2537, パリ高級娼婦館女主人の告白 −1
中世の修道院や大学では、書籍は一冊しか所持することが認められず、
それを完全に習得するか、書き写した後に次の本が与えられるシステム
だったそうです。 拘置所もそれにかなり近いところがあります。
私本については三冊しか房内所持が認められていません。・・・・
案外、現在の環境で少数の本を深く読む生活も気に入っています。・・・・
禁固刑ならば、書籍の差し入れと筆記具の使用が認められるとの条件の下で、
何年でも耐えられるような気がします。 (p40)
拘置所生活も自分でリズムを作ってしまうと、それなりに楽しいです。
過去数年間、否、十年以上にわたって、腰を据えてしたかったけれども、
時間に追われ、できなかった勉強をするよい機会です。・・・・
外に出て、将来家を建てることになったら、東京拘置所の独房に
そっくりの小部屋を作り、思索と集中学習用の特別室にしたいと考えています。
それくらい現在の生活が気に入っているということです。 (p63-64)
おそらく、「拘置所は学習と鍛錬の場」と自分で決めてしまったからでしょう。
食事もおいしく、集中して勉強できる現在の生活を私は心底楽しんでいます。
保釈の必要ありませんし、接見禁止が続いていたほうが会いたくもない
面会希望者との会見を断り、気まずい関係になるよりもずっとよいです。(p69)
この制約をどのようにして利点に転換するかをよく考える。
恐らく、記憶力、構想力の強化ということになると思うが・・・。
しかし中世、近世と較べれば、文明の恩恵に浴している。
紙もほぼ無制限に使えるし、図書も十分に入手できる。
ボールペンという文明の利器もあり、夜は電灯の下で勉強できる。
概ね、戦前の学者よりも恵まれた環境にあると見てよい(特にボールペンの点で)(p82)
ある意味で、拘置所内での生活は、夏目漱石の「それから」における代助、
「こころ」における先生のような「高等遊民」の世界に似ていると思います。(p112)
私が学術書を精読するときは、同じ本を3回、
それも少し時間をおいて読むことにしています。
第1回目、ノートやメモをとらず、ときどき鉛筆で軽くチェックだけして読む。
第2回目、抜粋を作る。そして、そのとき、内容を再構成した読書ノートを作る。
第3回目、理解が不十分な箇所、あいまいな箇所についてチェックする。
このような読み方をすると、10年経っても内容を忘れることはまずありません。(p.165)
私も外にいるときには速読で1日1500−2000頁は書物を読むようにしていました。
私の場合、速読とはペラペラと頁をめくりながらキーワードを焼き付けていく手法。
目次と結論部分だけを少しゆっくり読みます。
対象となるテーマが馴染みのものならば、500頁程度の学術書ならば30分、
一般書ならば15分あれば読めます。
そして、ワープロで、読書メモ(これは20分くらいかかる)を作ります。
こうすると1日で1500‐2000頁くらいの書物を読むのもそう難しくありません。
ただし、対象についての知識のない本については不可能です。
どんな本でも斜めに読むことができるという意味での速読法がないと思います。
まずは背景となる知識(「教養」)がどの程度あるかが問題になります。
この「教養」をつけるという作業が本当にたいへんです。 (p.171)
ーーー
これだけの能力を見せつけられると、自分能力が惨めに思える。
内容は、やはりリアルである。
変な惨めさが無いのは、やはり知識の裏付けがあるためだろう。
彼の著書は特異の経験という意味で、十年、二十年後まで残るだろう。
そして、あの女代議士と、小泉も。
後記)後で気がついたことだが、三年前の今日、「獄」というテーマ
で、この随想日記を書いていた。 面白い偶然の一致である。
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03月15日(土)
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