ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2436, 2008年平成大恐慌が日本を襲う!
数代つづいた婿取り娘の家系で、幼児の時から無菌培養のように大切に育てられた。
母親が4歳の時に亡くなり、祖母に育てられた。
そのため?義母は両親の愛情を知らないで育った。
婿養子の義父は10年前に78歳で癌で亡くなったが、模範的は品行方正の温厚な人物で
亡くなるまで義母に尽くしきった人である。
柏崎のロータリー・クラブ会長などをしていて、誰にも好かれる人であった。
義母は柏崎の実家から数年に一度出るかで出ないで、箱入りの人生であった。
一人で柏崎を出たことも一度もなく、生活の食事・掃除・洗濯以外は全て
亡くなった義父が執事のように仕えていた。
家内とは年に5〜6回は遊びに行っていたが、義父がつききりで歓迎してくれた。
私の家内も、すぐ上の兄が生まれて間もなく死んでしまったため、
その失敗の轍を踏まないように大事に「婿取り」を前提に育て上げられた。
その後、弟が二人生まれたため後をとる必要がなくなり私と結婚するはめになった。
しかし、そのように育てられたためか意識は婿取りより強い。
後は喧嘩の火種になるから書けないが・・
義母の「幸せの人生」は、私が知る限り右に出るものはいない。
列車などの交通機関も一人で乗ったこともなく、すべて、義父と一緒か、
ごく親しい知人と数年に一度温泉に行く程度であった。
非常に美形で、結婚式の二人の写真は息を呑むほどである。
近所に親しい親戚や友人がいて、いつも夕飯時になると惣菜などが毎日届いていた。
家業も20人ほどの老舗の建材屋で、常に年商以上の流動資産がある手堅い会社である。
会社には二人の息子が入っていて、下の息子が会社を引き継いで社長をしている。
この義弟の嫁さんは、私の知人の会社の秘書を紹介してもらった人だ。
娘二人も家内を含めて近くに住んでいて、ホットな雰囲気が常に漂っていた。
世の中には、幸せが身に付いている人と、その正反対の人がいる。
その幸せの最先端にいた人が義母である。その部分は、家内が引き継いでいて、
「世の中、幸せになるのが当然!」と信じて疑わない。
「亭主は執事の如く自分に従うのは当然!」というところまで同じであるから、
堪ったものではないが・・・全く!
前に、「煉獄の中にて」というテーマで書いたが、その正反対の世界が、人生が、
義母の人生というと言いすぎだろうか? 地方には、まだまだ、こういう岩陰の中の
「ひっそりした豊かさ」が残っている。 例外に近いのだろうが・・・
本人が幸せだったかどうかは、本人でないので知ることはできないが。
どこの世界にもある悩み、トラブルはあったようだが。
突きつめれば皆同じであるが、義母だけは別のようである。
\\\★ (^_^)/~~ バイバイ
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2005年12月05日(月)
1707, 家訓づくりのすすめ −2
第三章では
「わが家の家訓」の作り方、活用法が、詳しく説明されている。
それぞれの事例のなかに、それぞれの事情が生々しく本音で書いてある。
ー子育てに関する家訓の例として
・子は親を見て育つもの、親は子を育てて育つもの、子育ては親子の一大事業
・家族は幸せになるためのチーム、みんなで協力し合おう
・小さい時のしつけは一生の宝物、子のしつけは親の努め
ー他には
・お金や名声よりも大切なものを持て
・毎日心がけよう笑顔の挨拶、元気のいい挨拶
・家族の問題からは決して逃げるな、
心を合わせてみんなで解決しよう などがある。
家訓を通して家族関係を見直すきっかけにもなる。
離婚直前の夫婦が、家訓をつくることで危機を乗り切った真に迫った内容もあった。
)`ε´()`ε´(
ーその家訓とはー
1、人生は思い通りにはいかないもの、満足と感謝が大切
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12月05日(水)
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