ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2417, よく生きる −2
この応答は想像を絶する喜びをもたらすのです。なぜなら、私が自由にできない者、
私が自分のうちに取り込めない者、私が支配できない者が、かれの自由の深淵から
私に善意を贈ってくれたからなのです。それは奇蹟です。それが愛であり、交わりです。
愛は、強者が力で獲得するものではなく、弱者が祈りながら待つものなのです。

 ー字数の関係で第三と第四は次回になりますー
他者との邂逅は、決して徒党を組むことではない。
他者が善意の奉献に対して応答してくれた時、かれの自由の深遠から善意を
贈ってくれた時に自己実現の意味がでてくるのである。
           
           o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪
・・・・・・・・
2006年11月16日(木)
2053, たとえ他人の過ちが90lであっても
                 才八∋ウ_〆(∀`●)
   いいですか、たとえその人のあやまちが90lであり、
   あなたのあやまちが10lであるにしても、
   あなたは90lのことを考えることより何も得ることはできません。
   何故かと言うと、あなたはそのことをどうすることもできないからです。
   ところが10lからは、とても大事なことを学ぶことができるでしょう。
                           (ユング)
 ーー
 ある本に引用されていたユングの言葉が心に残った。
ユングはフロイトの理論に共鳴して精神分析を始め、
フロイトも自分の後継者をユングと期待していた。
しかし途中から二人の意見の食い違いが大きくなり決別してしまった。
そこでユングが考えたのは、
「互いの理論の誤りは人間のタイプの違いによるのではなかろうか」ということである。

   同じ現象でも、感情によって判断する人と、理性によって判断する人は、
   受けとめ方も違ってくる。それぞれが、それぞれの理由や合理性があるはずである。
   かりにどっちかが間違っていたとしても、相手の考えを変えることが出来なくとも、
   自分の考えを変えることは出来る。
   理論の対立だけでなく、我われの日常のことでも使えることだ。
   隣の人が教えてくれるような忠告だが、深い内容である。

この理屈を少しでも実践すれば、家内などとの些細な事などに
いちいち対立することも激減していただろうに・・・
些細なことなど、相手に従いなさいということになる。
「他者不可知論」と同時に、深く考えなければなるまい!

    熟年期を向かえて何の準備の出来ていない同年代の群れの悲哀の姿が、
    あまりに生々しい。・・それも他人の90lの誤りと思い込んでいるでしかない。
    それぞれのタイプがあるのだから。

家内相手に、これを実践したら毎日の生活では隷属することになるんじゃないかい?
夫婦間で超然としているわけいかないだろう? 心の奥で思っていればよいことか!
     (;´-`).。oO (ぇ・・マジ!)
                     (。^0^。)ノサイナラ!
・・・・・・・・
2005年11月16日(水)
1688, アメリカ資本主義 "実体は巨大な政府"

数日前の読売新聞のトップページの「地球を読む」というコーナーに時々、
アメリカの未来学者のトフラー夫妻が寄稿をしている。

    今回のテーマが何と「アメリカ資本主義”実体は巨大な政府”」であった。
        目を疑い内容をジックリと読んだが、
        間違いなくそのテーマを論証するものであった。
 「/ ̄V7 ((   
  (__丿 匸P                            
                     ー以下はその概要であるー        
ドイツやフィンランドの細々した規制社会とは違い、
 アメリカは規制の少ない警官も少ない国というイメージとは全く違った内容である。
 ほかの国と違うのは、「アメリカだけが、規制の少ない自由の国として

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11月16日(金)
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