ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2388, こころの旅  −2
<社会>の中で「自分の居場所をつくる」ための闘いは、
同時に<私>が正しくありつづけるための場所を確保するための闘いです。

   「超越確実言明」は《私》によって支えられているが、
    その《私》というと、「他者」によって引き受けられています。
    他者による《声》が「私」に届いたとき、そこに「共振」が発生します。
    《私》の存在を支えているのは、<他者>でしかないからです
   「共振」は伝播し、その「不完全性」を緩やかに補うことができる。
   「不完全性」は少しずつ補正していくことができます。
   「真の正しさ」ではなく、「より正しい」方向へ世界を変化させていくのが、
   「生命体」というシステム全体の方向性です。それが「生きる」ということです。

ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −@
  ー「ともに闘う」ということー

*−ドゥルーズの「あいだにおけるー闘い」ー
<他者>との関係は、私たちの存在の基盤であり、また、私たちが
束縛から逃れるための「基点」である、ということです。
私たちの居場所は闘うことによって、《私》の価値と《他人》の価値とが
衝突することによってしか居場所を作ることはできません。
これが「あいだのおけるー闘い」である。

   *−「外部における闘い」と「内部における闘い」−
    「あいだにおけるー闘い」に対して、「外部における闘い」とは、
    <私>の内部の<価値>の変化をもたらさない闘いです。
   (それは同時に《私》が構築した<価値>である)
    そして「外部における闘い」を回避することは可能であり、
    それも「闘い」の一つの形態です。しかし外部の戦いでも出会っても、
   《私》は《私》との「あいだにおけるー闘い」を行っているはずです。
    私が「外部において処理をする」と推測する「闘い」は、
    必ず<私>の内部に取り込まれます。
    
    この外部と内部における闘いのいずれかが、<言葉>を用いて行われます。
    そして、《私》がつくり上げた論理の基盤 =「超越確実言明」を基盤として、
    ある<言葉>がそれと矛盾すると考えられたときに私たちは闘います。
   <社会>の中で「自分の居場所をつくる」ための闘いは、
    同時に<私>が正しくありつづけるための場所を確保するための闘いです。
    私たちは「正しくない場所」に立ったままで「正しくある」ことはできません。

 ー「正しい」ということー
  *ー「真の正しさ」ではなく、「より正しい」方向へー

    世界は常に間違っている。「真の正しさ」に到達などできませんし、
   「真の正しさ」に到達など元々ありません。
    しかし私たちは、それを少しずつ補正していくことができます。
   「真の正しさ」ではなく、「より正しい」方向へ世界を変化させていくのが、
   「生命体」というシステム全体の方向性です。
    私たちは<他者>と「ともに闘う」ことによってのみ、
   「正しくある」ことが出来るということを意味している。

*私たちの「正しさ」は「超越確実言明」が支えているー

 私たちの「正しさ」は真理によって支えられるのではなく、
「超越確実言明」によって支えられています。
しかし私たちの論理回路は不完全であるが、
「不断の努力によってその性能をフルに活用し、常に論理を再構築しようと
努力するか否か」という点で、その闘いが必要である。
闘いのあるところに「振動」が発生します。
その振動は「共振」となり、伝播し、その「不完全性」を緩やかに補うことができる。


  *《私》の存在を支えているのは<他者>であるー

   「超越確実言明」は《私》によって支えられているが、その《私》というと、
   「他者」によって引き受けられています。
    他者による《声》が「私」に届いたとき、そこに「共振」が発生します。

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10月17日(水)
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