ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396878hit]
■2225, いい男とは?
非常識なことをするのが改革ですから、常識に縛られた人がリーダーになると必ず失敗する。
ですから、もし、あなたが修行していて私もうれしい、あなたもうれしい、
という関係が成り立ったとき、自分のしていることが世間一般の常識からはずれていないか
どうかは考えなくていい、と言いたいのです。みんなにウケる生き方ではなく、
自分にウケる生き方をするのです。たとえば、猫を撫でるのが楽しくて、雨の日も風の日も
エサをもって神社を訪れても、別に非常識ではありません。人に軽蔑されようが、
何と言われようが、そんなことをするのはあなたぐらいだと数の論理で批判されようが、
そんなことに惑わされてはいけません。」 (p136-137)
*「あなたが猫を撫でたとしましょう。もし、猫が悦んだら、スリスリしてきます。
そのとき、あなたは、もっと猫を撫でたい、という気分になっているはずです。
なぜなら、猫からは『気持ちいいよ』『撫でられてうれしいよ』
というサインが来ているからです。
その悦びのサインを受け取るから、もっと撫でたくなるのです。
そして、うれしくもなります。うれしさというのは悦びですから、
ますます愛情を込めて猫をなでるようになります。
猫は、あなたに、より情熱をこめてかわいがられるので、
ますます親愛のポーズをとるようになります。
ますますあなたはうれしくなって、ますます猫もうれしくなります。(p155-156)
(((o(´・з・`)グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・・
2006年05月07日(日)
1860, ローマから日本が見える−11
おはよ〜!(*^ワ^*)i
−読書日記ー
《その戦法を知りながら、
騎兵力を増強できなかったのか?》
ローマ軍には騎兵を増やそうにも増やせなかった事情がある。
この時代には、鐙が発明してなかったので、自分の両足で馬の胴体を
締め付けて乗るしかなかった。
この技法は子供の時から馬に乗りなれてないと到底乗りこなせない。
ちなみにハンニバルは、カルタゴの同盟国の北アフリカのヌミディア人と、
ガリア人という、騎馬に長けた民族が参加していた。
またローマ軍の主体が重装備歩兵であったため、騎兵中心に変身しにくい要素があった。
重装歩兵がローマ軍組織としてあまりに中心過ぎて、これを変えるとローマ軍の
組織そのものが弱体化してしまう恐れがあった。
《ハンニバルの誤算》
ハンニバルが限られた手勢でアルプスを越えて、単身イタリア半島に
乗り込んできたのには、もちろん彼なりの計算があった。
戦いに勝ち続けていれば、ローマ連合も盟主ローマから離反し、
寝返ってくる都市が続出すると踏んでいた。
ところが、ハンニバルの予測に反して連合軍の連帯は強固であった。
ローマが長年かけて造り上げた「政治的建設」は、ハンニバルの心理作戦でも
揺らぐことは無かった。
茶でも!~~旦_(-ω-`。)
《スキピオ登場》
ローマの総力を結集したファビウスでの持久戦略に持ち込んだBC210年になっても、
ハンニバルを追い込むことが出来なかった。
20個師団を超えるローマ軍はハンニバルを包囲するが、
彼の行動の自由を制約できても決定打を与えることはできなかった。
しかし、ここでスキピオという若き軍団司令官を得ることになった。
当時の彼は、25歳である。
カンネの戦いのとき、19歳の少年だった彼はハンニバルの戦いぶりを観察し、
何故勝てないのか考え続けてきた。
そして彼は『ハンニバルに勝つには、ハンニバルのように闘わなければならない』
という結論に達する。
アレクサンダーの弟子を自認していたハンニバルも、まさか自分の弟子が
敵のローマ人から出るとは思っていなかったでしょう。
[5]続きを読む
05月07日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る