ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2016, 「私」のための現代思想 −9
(実体を持たない何か)は、「何らかの原因・理由」によって
実体を持つようになる。
この変化を、レヴィナスは「実詞化」もしくは「位相転換」と呼びます。
ここでは「相転移」にたとえます。
水という物質は、気体、液体、固体の三つの相がありますが、
同じ物質でありながら、その性格はかなり違います。
こうした「気体が液体になる」「液体が個体になる」というような、
「相」の間の移動を「相転移」と呼ぶ。
「物質」を「情報が相転移したもの」であると考えれば、
レヴィナスの概念は現代の科学の文脈においても真実味を帯びてきます。
ー他者によって「境界」が発生するー
オーストリア出身の哲学者のマルチィン・ブーバーは、
『我と汝』の中で、「私ーそれ」という関係と、
「私ーあなた」という関係の二つがあることを指摘しています。
【この中の一節】
「<われ>はそれ自体では存在していない。
根源語<われーなんじ>の<われ>と、
根源語<われーそれ>の<われ>があるだけである。
人間が<われ>を語るときは、この双方のいずれかの<われ>を考えている。」
ーー
「人間は(なんじ)に接して<われ>となる。向かい合う相手は現れては、
消えていく。関係の出来事が集まっては、散っていく。こうした変化の中で、
なん度も成長しながら、つねに同一のままの相手である<われ>の意識が、
しだいに明らかになってくる。
なるほど<われ>の意識は、つねに<なんじ>にたいする関係の網の目の中で
<なんじ>を捉えようとし、しかも、<なんじ>自身とはならない認識可能な
存在者として現れるが、しかし、ますます強く<われ>に現れ、
ついには結合のきずなを断ち切って、<われ>を自体を分離させ、
一瞬、<なんじ>と同じように自己の<われ>と向かい合い、
やがて「われ」を自己の所有物として把握し、それ以後、
意識的に自己自身との関係に入る。」
この汝らとの境界が発生することによって、
それまで未分化だった「私」は、明確な「形」をもつようになります。
これが《私》の発生です。
《私》は、「声」に触発されて発生する「私の核」です。
モーニングコーヒーでも!
( ^-^)_且~~~
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2005年10月10日(月)
1651, 北イタリア旅行記−2
ードロミテ渓谷
オーストリアと国境を接するドロミテ渓谷。
アルプスの雄大な山々と奇峰の間の道をバスで通りながらみる光景は感動の連続であった。
オーストリアからの抜け道的な道路は、第一次、第二次大戦の時の軍事道路として開発され、
その後その景観の美しさから山岳リゾート地として知られるようになった。
イメージとしてスイスに酷似しているが、210`にわたる道路からみる景観は
今回の旅行のハイライトであった。
その中で、やはりボルドイ峠にみるカレッツァ湖の美しさが感動的であった。
石灰岩の岩肌がむき出しのノコギリ状の山々が次から次と雄姿を現していた。
山と空は、その地域特性をそのまま露出して見せてくれる。
観光初日で、既に感動のピークになってしまった。
山の美しさは、何故これほどまでに人の心をうつのだろう。
カナダのロッキーが広大の大地を背景にした山の美しさなら、
ドロミテは奇景の山並みの間からみる美しさである。
ーべネツアー
べネツア観光当日の雨は残念であった。
この日が快晴ならば、この旅行は最高級の旅行の分類に入ったのだが。
ベニスが西暦800年から1800年までの1000年間も独立国していたことを
今回はじめて知った。
ローマ帝国と、トルコの間にあって、このような小国が独立を保てたのは奇跡に近い。
海に突き出た島々に位置し、攻めるには膨大な海軍力が要するからだ。
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10月10日(火)
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