ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2010, 「私」のための現代思想 −7
「私的言語」が存在しないことは「独我論」が成立しないと言う事と同義です。
人は「言語という制度」に従って行動する
ウィトゲンシュタインは、「言語の意味は使用である」と考えた。
それは、「言葉に、もしも意味と呼べるような要素があるとすれば、
それは言語制度に従って言葉を使用するということの中にしかない」ということです。
私たちが「理解した」と感じるのは、「その説明を適正に使用できる」と
感じたことが誰にもあるはず。
「言葉の意味とは使用である」というのは、
「言語制度に従って言葉を使用すること」こそが、
言葉に命はそれに反論することになるでしょう。
そのとき私たちは「は反論するのでしょうか。
それは、「超越確実言明」の束を引き受ける「受け皿」、もしくは「基盤」が
だからであり、その基盤のうえに、私たちやは砂上の楼閣のようにもろいものとなってしまう。
この基盤はという意志によって支えられます。
たとえば、「私は、その約束を守る。なぜなら私が約束したからだ」
という場合、その根拠は「単にそれを守る」という<私>の意志にのみ存在します。
<私>は「超越確実言明」という基盤に発生する「機能・現象」ですが、
それが発生した段階で、今度は逆に、「
10月04日(水)
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