ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1962, 「事業百訓」を読み直してみて
そしてゆきどまります。
ここが実はふんばりどころである。
こころの中の冷静な審判官がことばの矛盾に対して
「これは違う」というシグナルをだすのが、行き止まりの状態である。
これは、頭で考えていることと こころで考えていることのずれがあるからである。
そこで、考えたことや書いたことを簡単なひらがなのことばで表現しなおすと
あたらしいメッセージが浮上してくる。
あたまだけで仕上げた案に対して、こころから納得できる案は単純明快で力強いものだ。
ひらがなことばを道しるべにすると、あたまとこころは寄り添いながら、
考えをすすめることができます。
ひらがなには、あたまとこころを分離させない根源性といったものがある。
ー漢字に逃げていないか?
漢字が多い文章や、英語などの外国後を多用した文章はこみいった筋になってしまい
がちになる。文章の中の漢字や外国語の見直しをすることから始めると良い。
ー漢字とひらがなの関係
この国は、文字をはじめは持っていなかったといわれている。
そこで漢字が入ってきて、漢字だけを使うのは面倒だと、簡略化したカタカナと
ひらがなが生まれたといわれます。
といって、漢字をなくすと、わたし達の思考も論理もなりたたなくなります。
ひらがなで考えようというのは、漢字を退けようというのではなく、
ひらがなで表されることばを元に考えようということです。
ひらがなで骨組みをつくれるところまでつくってみようということです。
ひらがなで書いて、ほどけていく感じが自覚できたらすばらしい。
考えるためには、自分のありようをほぐしていくことが大切であるということだ。
節々のこわばりを取って、ふっわとゆるめてみる。
すると、あたまとこころが寄り添ってきます。
つづく
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2004年08月17日(火)
1232, 「こころ」の出家 -読書日記
この年齢になると周囲が、定年、病、倒産、子供の自立、連れ添いの死、
老父母の死、等、何らかの大きな転換期に直面してくる。
情報化社会に翻弄されて深刻な危機に何らか陥っているケースが多い。
この本は現代中高年論であるが、なかなか味わいのある内容だ。
人生の後半にとって、「真に豊かな時間とはなにか」を問いかけている。
特に、自分の内側に向けての豊かさが問われる時期になってくる。
*ふと書いていて気がついたが、この随想日記は内に向かって問いかけていることになる。
自らの経験と思索を、そのまま書き綴っていることは、豊かな時間ということだが?
書けば書くほど、自分の深層の階段を一歩一歩降りている。
今のところ、まだ地下2〜3Fだが、書き続けているうちに地下10Fまでいく
可能性がある。ユングや横尾忠則の世界に近づくかもしれない。
いや、それは無いか!
この本の最後のまとめになっている
「第5章ー もう一つの座標軸―豊かな時間を求めて」がよい。
その中の気に入った部分を抜粋してみる。
自分の好きな映画の「男はつらいよ」の寅さんへの気持がそのまま書いてあった。
ー27年間に48作、多くの人が寅さんとともに充足をした至福の時間を共有してきた。
寄せられた手紙の一つ一つが、映画「寅さん」がわたしたちに残してくれたものの
重さを物語っている。「寅さん」という存在は、その自由な生き方への共感と
憧れの対象でなるのみにとどまらず、わたしたちが失ってしまった大事なものを
発見させてくれるものであった。
ここでわたしは、いま一人の俳優をふれなくてはならない。
渥美清の死より3年前、1993年に亡くなった笠知衆のことである。.......
さらにある人は、笠さんに、私的な悲しみと同時に、もっと普遍的なものを見ている。
人々が感じた悲しみは、そこに、<時代の終わり>を見たからだ。
笠さんが演じてきた「古き良い時代」「不器用で、朴訥な」、でも「愛すべき」人々は、
現代ではつい忘れられ、切り捨てられてきたのではない。
以下は、この本の概要である。
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08月17日(木)
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