ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1954, ある首斬り役人の日記 −1
その勝利の勢いで郵政の法案を通すのが望ましいが、予測不能である。
歴史に残る選挙になる。民主党も、現状維持が精一杯だろう。

新党を結成した旧守派の多くは世論の攻撃で消滅していくだろう。
その意味で、今回の結果はむしろ小泉にプラスになる。
もともと、消滅しているはずの自民党が、
小泉の「改革というお題目」で存在していただけである。
その本丸の郵政改革を潰してしまえば、自民は消滅するのが当然である。
但し、反対派を民主党と旧守派を敵対にすれば存続しえるはずだ。

それに、道路公団などの談合などが大きな追い風になる。
情報化は、根本から世の中を変えてしまったのだ。
予想以上の自民党大勝か、民主党への政権移行か?
民主党は、郵便局の労働組合に縛られて正論がはけないのが致命傷だ。

あの党首、首相の器?

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2004年08月09日(月)
1224, 広松渉ー哲学について −26


広松渉の「新哲学入門」を、私が理解したレベルで書いてみるが、
内容はかなり難しい。
しかし、これを理解しないかぎり現代の哲学を語ることができない。
簡単に加工可能なデジタル社会の現在、存在・認識・実践そのものを
根底から考えなければならない時代になっている。

荘子の[胡蝶の夢]で、蝶になった夢から醒めた男が
「醒めた自分こそ蝶が夢をみているのではないか」。
「蝶が人間になった夢が現実」とすると、見えている事実は脳内の作用でしかない?
TVドラマの世界に入り込んでしまい、現実をむしろ虚構と思い込んでしまう可能も
ある時代である。

この書は、認識、存在、実践の近代的世界観を根底から批判しているが、
最後の章の
「実践するとはどういうことか」から、感想と印象的な文章を書きだしてみる。
  −−−−−−−−
  
 第三章 実践するとはどういうことか
   第一節 行為の存立構造
 
 行為の存立構造の、糸口として、演劇(芝居)を喩えのモデルとしてすると
構図が見えやすくなる。社会学では、役割行為論がスポーツ・モデルが展開
するケースが多く見られるが、演劇モデルを取り上げる。
                     *ー私の感想である
 
 ー人生劇場の舞台
人生劇には、舞台的場所や道具的与件があり、総じて
幕場的状況がまずある。−−神といった超越的「劇作家」の存在を考える立場もありますが、
これは暫く括弧に収め、[即興劇]ということにしましょう。

人生劇では[舞台]が大変に広く、観客席や楽屋までが舞台であり、観衆や裏方も
俳優に導入される。
舞台的場面は、自然的環境と社会・文化的環境とに二分して考えるのがふつうである。

*人生を徹底的に、舞台劇場として自分を醒めた目で書き出してみると、
全く違った見方ができるだろう。長期的将来の計画をたてるのは「劇作家」の
存在の視点であろうし、現在は過去の自分という劇作家の結果ともいえる。
何も考えず惰性に流されて生きている人もいるが。

ー行為の共演性と役割存在
行為という時、一個人だけで自己完結的であるように扱われるのが常套です。
いわゆる集団の行為といえども、個々人的行動の代数和のように扱われがちです。
確かに単独行為があるが、舞台的・道具的条件なるものからして、他人たちの
介在によって初めて成り立ちます。・・・・・・・・・

今、例えば、農夫が孤独に畑を耕しているとします。
畑は彼自身が拓いたものではなく、農具も彼自身が作ったものでなく、
農耕動作も彼自身が案出したものでありません。いずれ他人が作ったものです。
行為は、本質的には、協演的存立構造にあるものと看じます。

行為の協演性とは、行為が役割分担ということです。
・・たとえば、[ハムレット]という劇は、先王役、新王役、ハムレット役、といった
まさに「役・割」によって成り立っています。・・・・・

人々は幕場的情況に相応しい仕方で、余程の場合以外は、期待された行動以外は

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08月09日(水)
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