ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397515hit]

■1943, ローマから日本が見えるー17
    現在、連載で塩野七生著「ローマから日本が見える」の
    読書日記を書いているが、当時のローマと現在の日本が酷似している。
    少子高齢化で衰退の危機に陥いり、さらに高齢化と経済の停滞である。

中流階級は没落し街に失業者があふれ、
上流階級の人々は既得権を決して手放さない。

    そのときに現れたのがカエサルである。
    支配地の国民にもローマ市民権を与え、既得権を取り上げ競争を奨励した。
    カエサルが、これほどの人物とは、この本を読むまで知らなかった。


現在の日本は、自民党の既得権を取り上げ、
日本的社会主義の破壊が当面の問題だが・・・・・。
   
                           つづく
           \(^▽^*)ホンジャまた!!
                (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
    ・・・・・
    ・・・・・
2005年07月30日(土) 1579, 閑話小題

一昨夜の夢の話ー

面白い夢を見るものだ。
医者から薬による至高体験のため、無害の麻薬を注射してもらった夢である。
薬によるハイ状態とはどんなものか、病院のベッドに横になって
冷静に薬によるハイを待っている。
ところが、横になっていなければならないのに、歩き出してしまった。
危ないと思って元のベッドに戻った。
しばらくすると、フア〜とした酔った感覚になった。
潜在意識が、薬の至高状態の経験を夢のカタチでさせようとしたのだろう。
安全であれば一度は経験してみたいが、安全のわけがない。

インドに行った時、ツアーの同行の女性から??を飲んだ体験談を聞いたことがあった。
とにかく、可笑しくなり腹の底から笑って嬉しさが極限になるという。
経験者がいうことは解りやすい。


ー広い世界に馬鹿ひとりー

何気なく浮かんだ言葉で、何も深い意味は無い。
自分に対する心の奥底の言葉といったらよいだろう。
「小さい井戸の殿様蛙」という言葉と対比すると面白か。
世界を一人漂流旅をつづけていると、こんな言葉が出てくるのだろう。

孤独感と、広い世界に拠りどころを見出せない虚無感が覆いかぶさった自嘲の叫びか。
しかし、この言葉に何ともいえない親しみを覚えるのは何故だろう。

一人大声で『あ〜あ!』と大きな溜息をつく癖がある。
この溜息の背後にあるのは「広い世界に馬鹿一人」と「小さな井戸の殿様蛙」
という自嘲の気持のクロスか。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2004年07月30日(金)
1214,パスカル(3)
−哲学についてー24

ー「賭けの断章」

「賭けの断章」は『パンセ』の中でも最も有名な断章の一つである。
神の存在と信じる方に賭けることの有利さを確率的議論から
説得しようとするものである。

「神は存在するか、しないか。どちらに賭ける? 」
すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、結果的に一つの選択になる。
賭ける対象は、「自分の人生そのもの」であるから大きな命題だ。
 
・神が存在するという方に賭けて、
 勝てば永遠の生命と無限に続く喜びを得て、人生は意味あるものとなるが、
 賭けに負けても、失うのものは何もない。
・反対に、神は存在しないという方に賭た場合、たとえ賭けに勝っても、
 儲けは現世の幸福だけである。
 死後は虚無とみなすことになるから、得るものは何もない。
 
 逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。
 来世の幸福をすべて失うことになるからである。
 如何みても神の存在を認めるほうが有利であると言いたかったのだ。

 37年前、『パンセ』のこの断章を読んだとき、ナルホドと納得をした。
といって、今さらキリスト教関係のクラブに入るには遅かった?
せっかくミッション系の大学だったのに惜しいことをしたと悔いが残った。
理性で納得し、心情が同意するためには時間がかかる。

[5]続きを読む

07月30日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る