ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1923, 孤独であるためのレッスン
ー池田晶子が自分の本で孤独について
次のようなことを書いている。
ーー
「自分の孤独に耐えられない人が、
その孤独に耐えられないために求めるような友だちは、
やっぱり本当の友だち、本当の友情じゃないんだ。
本当の友情というのは、
自分の孤独に耐えられる者同士の間でなければ、
生まれるものでは決してないんだ。
なぜだと思う?
自分の孤独に耐えられるということは、
自分で自分を認めることができる、
自分を愛することができるということからだ。
孤独を愛することができるということは、
自分を愛することができるということなんだ。」
「孤独というものはいいものだ。
友情もいいけど、孤独というのも本当にいいものなんだ。
今は孤独というとイヤなもの、逃避か引きこもりとしか思われていないけれども、
それはその人が自分を愛する仕方を知らないからなんだ。
自分を愛する、つまり自分で自分を味わう仕方を覚えると、その面白さは、
つまらない友だちといることなんかより、はるかに面白い。
人生の大事なことについて心ゆくまで考えることができるからだ。」
孤独について書いた内容をコピーしておきます。
ーーーーーー
2003/07/16
孤独について −3
以前も書いたが(あとでコピーしておきます)、
再び孤独について書く。
経営者は孤独でなくてはならないとか、孤独であるという。
特に創業は孤独に徹しないと、甘さが生まれてくる。
山の中の孤独というより、街の中の孤独である。
街の中の孤独とは、密着している他者と、自分の間にラインを
引くことである。
ある本に孤独を「六独」6つに分解して、
説明をしていた。
1 独想
2 独学
3 独行
4 独遊
5 独創
6 独楽
これが出来るようになるには強い意志が必要だ。
創業を何回か経験をすると深い孤独の経験を何度もする。
独り着想と構想をねり、
その為の情報を集め、
分析をして決断、
たった独りで
嘲笑のなか行動開始、
途中からゲーム化をして遊びまで高め、
創りあげる。
そしてその起承転結を楽しむ。
しかし実際はつらい孤独業である。
つらさと楽しみは裏表であることを知る。
二代目が失敗をするのは、この孤独に耐えられないためである。
孤独に耐えるためには、宗教が必要である。
日本人が平気で自分は無宗教と答える・・・
欧米では自分が気違いだと言っているに近いことになる。
スモールS (多神教)の集まりを宗教観としていることを
自覚していないためだ。
ーつづく
ーーーーーーー
2003/04/27
孤独について−2
自分の強みは何だろうと考えてみた。
「孤独に強い事」である。あまり人といなくとも平気である。
若い時の都会の生活や勤めの時代に鍛えられたことと、
8人兄姉の末っ子だったこともある。
一人でいつも遊んでいたという。
創業を独りで何回か経験をしてきたのが、さらに孤独の訓練になった。
孤独をポジティヴに前向きにしなくては、無から有は創れない。
青年期はそれほど強くはなかった。
実際は空元気であった。
「孤独を恐れるのは、ひとりそのものではなくて、孤独であることを責める自分
の中の内在化された他者の声である。それが多くの人の心を責めさいなまし、
安らかな心を破壊してしまう・・・」と、ある本に書いてあったが、
私の場合そのような内在化された他者の声は全くない。
独り事業を何回か立ち上げてきた為に内在化する余地がなかったのだろう。
それと行蔵が整理?されていた
(。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
・・・・・・・
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2005年07月09日(土)
1558, BOSEのステレオ−6
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