ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1911, スペイン画家・堀越千秋−3
中村天風のいう「積極一貫」を、人生を通して徹することである。

何故、色んなことに頑なに目を向けなかったのだろうか?
知識がなかった、
現状に満足しきっていた、
余裕がなかった、
人生を真剣に考えなかった、
等々、いろいろあるだろうが。

豊かなアメリカの90代の人々が
「もっと多くのことをチャレンジすれば良かった」
という切実な後悔は、何を意味しているしているのか?
旧共産圏や後進国では、こういう問いかけは少ないはずだ。
それを言えるだけの豊かさという環境があるからこそいえるのだ。

ということは、
「余裕が出来たら可能なかぎり色いろなことにチャレンジしてみるべきだ」
という答えが自動的に返ってくる。
教養とは、
・家庭や社会から縛られた先入観や馬鹿の壁を、広く深い知識と経験持つことによって知ること
をいう。また、
・『人生は可能ながぎり多くのことことにチャレンジすべし』
を知る経験と知識である。

しかし、一つのことを突きつめた人に、この問いかけは無かったはずだ。
精一杯生きてきたからだ。それしかないし、他は考えられないからだ。
それでも、あるのが人間であるが。

「もっと多くのことにチャレンジしておけばよかった!」
この半年間、人生の直線コーナーに入る前である、
もっと深く問い詰めてみよう!

父が死期を悟った時に、私に預金通帳を見せて
「この中味は、自分にとって単なる数字の羅列でしかない!」
と言ったことを思い出す。
中味も大事であるが、といって死んでしまえばそれまでだ。
人間を支配している不安と恐怖が、新しいチャレンジを阻害するのだろう。
そして貯金をすることで解消しようとする。
それに支配される状態が、
老いている状態である。
今度、不安について哲学的に問い詰めてみよう。

90歳の人がいうから問題がクローズアップする。
20歳の人でも同じ問いかけが必要である。
周りを見渡せば幾らでもチャレンジの対象がある。
見えてないのだ。
それも足元にあるのに。

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2004年06月27日(日)
1181, カント ー 哲学についてー11

カントは、一般的にギリシャ以降の哲学の世界に登場した最大の思想家と
みなされている。

カントは、ドイツのケーニヒスブルクの貧しい馬の蹄鉄屋の家に生まれます。
因果なことに、“ せむし ”で、背中にコブがあり、身体がゆがんで胸が小さく、
生まれついての喘息もちだった。
脈はいつも120をこえ、いつもゼイゼイと今にも 死にそうな子供であったのだそうです。
毎日毎日苦しみながら、それでも17歳を迎えたとき、 父親はカントを「 駄目でモトモト 」
と半ばあきらめつつ、年に数回巡ってくる有名な医者のところへ連れて行く。
そうするとこの医者は、じっとカントの様子を見てからこう言います。
「 あなたは本当に気の毒な身体をしている。辛かろう、苦しかろう。それは医者として
見ただけでわかる。しかし、それは身体だけのことだ。身体は確かに気の毒な状態だけれど、
心はどうでもなかろう。心までも“ せむし ”みたいにゆがんで、息苦しくてゼイゼイ
しているのならともかく、あなたの言うことも心もしっかりしている。
身体のことで辛い、苦しい、といくら騒いでも、父さんや 母さんやみんなが辛いだけで
何にもならない。それよりも、心のしっかりしていることに感謝しなくては。
死なずにいるのはそのおかげなんだよ。そのことを喜びと感謝にしていけば、
身体の方も次第に軽くなって 良くなっていくものなんだ。
このことがよくわからないようだったらお前は本当に不幸なんだよ。」

カントは、家に帰ってからこの言葉をじっと考えます。
人間というのは、 身体あってのものだろうか、心あってのものだろうか・・・。
そしてついにカントは、世界が誇る大哲学者への道を歩み始めた。

終生独身だった彼の生活は、平凡で真面目いっぽうにみえた。
毎日きまった時間に散歩をする姿を見て、街の人は時計の時間を修正をしたという。

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06月27日(火)
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