ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397684hit]

■1811, ずっとやりたかったことを、やりなさい−3
    それは私たちが裏切られたときや自分自身を裏切った時、
    かならず知らせてくれる。
    そして、自分の興味に従って行動するときであることを告げてくれる。
    怒り自体は行動ではない。行動への招待である。》


《アートとは、みずからを社会にさらす行為である。
 アートは物事に光を当て、私たちを照らし出す。
 そして、私たちの中に残っている暗闇に一条の光を当て、
 「みえるでしょう?」と語りかける。
 あるものを見たくないと思っている人たちは、
 それを見せる者に怒りを覚え、徹底的に糾弾する。》

    《真摯な表現はクロゼットを開け、
    地下室や屋根裏に新しい風を送り込み、癒しをもたらす。》

「違った別人格の子供を内に持ち、その子供のために課題を与え二人だけの
 時間を持って、育て続ける」ということ。
 
    それはライフ・ワークには待っている自分とどう違うのか?
    と問われれば、
    「それをもっと合理的に内なる指導者の目をクリアにしなさい」
    ということか。
                   ε(´',_c')зβyё 〜

 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 
 2005年03月19日(土)
1446, 小学校中退、大学卒業 −2

花柳幻舟の文章の中に、実際に血みどろになりながら、
極限を乗りこえようとする魂の叫びを感じ取ることができる。
言葉の中にウソも虚飾も全く感じない深い心の叫びがある。

学問に対しても、その本質を求める気概が正直に述べられている。
自分を日本のインテリと、お述べになっている何処かの教授より
学問の意味・真髄を実感しているのが解る。

以下は、昨日のつづきである。
ーー

一日20時間の猛勉強をつづけ、塾入学6ヶ月には、
司法試験の模擬試験で優秀者の中に堂々と並んだ。
一橋、中央、東大等法学部現役学生を抜いていった。
アルファベッドもろくに読めない小学校中退の、
しかも人生の折り返し地点を過ぎた私がある。

人間、やったらできる、それまでできなかったのは、
私がやらへんだけかっただけや。
集中力は全てを可能にすると実感した。

学校という、地域という排他的の中で、私ははじき出され、
私の読み書きは奪われてきたのである。
私にとっては恐怖の学校と先生に必死の思いで対峙した。

ついに私は、学問と学校は違う、教養と学歴は違う、
無知と無学も違うということを心底知った。
私は学校と学問を一緒くたんしていたのだ。

学校は、教育の現場は、今も排他的で差別的だが、学問は素晴らしい。
学問は、人間に勇気と希望、物事の本質を見せてくれる
誰にも開かれた世界だ。

私の大学卒業論文は、誤報と伝聞を繰り返すメディアによってつくりあげられた
虚像化された「花柳幻舟」という一人の創作舞踊家の、デビュー当時の
いびつな加熱な報道を検証し、いまや巨大権力といわれているメディアの
‘光と影'の深層に踏み込んだものである。

卒業論文の評価を、副学長が次のように言ってくれた。
「こんな面白い卒業論文があってもよいんじゃないか」
と。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2004年03月19日(金)
1080, フランチャイズ・ショー −5

・一番印象的であったのが「MBE]という会社である。
「メールボックス・エトセトラ」の頭文字の略である。
 MBEのサービスは、
 Document,
 Information,
 Logistic
の大きく3つのカテゴリーからなるサービスを中心に、
それぞれのサービスをリンクさせながら、ビジネスや暮らしに欠くことのできない
”必要”に対するサービスを開発・提供している。

各事務所や、SOFOなどのサービス機能の代行といってよい。
面白そうな反面、9lのFC料金が高すぎる。
といって、この不景気にあればこそ便利な機能である。
1DKマンションの一角にコンビニを入れるのと同じように、

[5]続きを読む

03月19日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る