ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1794, 超アメリカ整理日記 −1
痴呆症の親族と同居は、苦しみの底に落とされてしまう。
直接原因はこれだろう。
以前、読書日記に
ー『心』の出家ーの感想文を書いた。
後でコピーしておきますが、
その一節の言葉が印象的である。
ーー
自分の周囲に張りめぐらした垣根(ペルソナー仮面)
を取りさることである。
神吉拓郎の「金色の泡」の中での主人公欣吾と従兄弟の会話で
以下のことを語らせている。
ー文雄がいった。
「俺、発見したんだ」
「なにをさ」
「40にして惑わず、という言葉があるだろう。騙されてはいけない。
あれは偉大なる皮肉なんだ。本当はそうなんだ」
「どうして」
「とにかく、そうなんだ。40前には、迷うことなんかないよ。
夢中だよ。世の中に出たばかり、目がくらんでいるか解らない。
あり合せの目標に突っ走る。
一段らくしたときが一番恐い。
40をすぎた頃に初めて迷いが出るんだ。
今まで何をしてきたのだろうか気づくんだ。
え、そうじゃないか。迷いが出てきただろう」
「そういえば、そうかな」
「迷うのは、40からなんだ。それが本当だよ。
恐らく、死ぬまで迷い続けるんだろうと思う」
「迷わない奴だっているだろう」
「そんな奴は、一生馬鹿なままさ。
しあわせという言い方もあるだろうがね」
ペルソナ(社会的仮面)は必要なものである。
それは一定の効果を持つし、社会を渡って行くために不可欠かもしれない。
しかし、その仮面を剥いで生きたいと、こころの奥に思っているものだ。
そのことに気づき、生き方の大転換を図るのが、こころの「出家」なのだ。
ペルソナについて、ユングは、外部に対する適応とか、やむをえない便宜とか
理由から生まれてきた一種の「機能コンプレックス」であるという。
それは個性というものとは違うものである。
安定したペルソナの下に。常にそれに影響を与え、それを脅かす内的世界が
存在している。ーーーー
ーー
誰も、この一家心中の中年男の心を知ることが無かった。
タマタマ犬の調教で、TVのニュースの映像が流されていた。
真面目な、気弱そうな、何処にでもいる善人面をしていた。
私の解釈では、
・真面目な、
・気弱そうな、
・善人面
ということが、問題全てを一人抱え込んでしまった。
誰に聞いても、優しい良い人だというところに問題があった。
それ故に、
母親と長男の問題と、職場の配転とか、犬の調教の疲れなどの
全てが、長年にかけて山積になった。
良い人というペルソナを、脱ぎ捨てるとかができなかったのだ。
ーーー
2002/05/19
自分の人生のつくり方 -いろいろな悩みー3
それでは自分の人生のつくり方とは?どうしたらよいか。
ライフワークをきっちりつかまえて、その都度脱皮すればよい。
「脱皮できない蛇は死ぬ」というが、そういう人間で満ちている。
ライフワークとは、一生涯を通じてやり遂げる趣味と仕事。
そして一生涯を通して脱皮の時期がある。
7年説、8年と10年という説がある、ライフサイクルというが。
・7年ー7歳、14、21,28、35、42、・・と節目がある。
・8年ー16、24、32、40歳・・
・10年ー20,30,40,50年歳と・・
またこういう説がある
1、児童期・青年期 0〜22歳
2、成人前期 17〜45歳
3、成人中期ー中年期 40〜65歳
4、成人後期ー老年期 60歳以降
重なっているところは移行期、これが一番わかりやすい。
これと7年説が私の一番納得できる。
その節目ごと、脱皮していく事をいう。
「節目を叩け!」という諺があるが。
自己実現という言葉がある。たしかユングの言葉であった。
自分のなりたいこと、したいことを実現することをいう。
それも一生涯を通してだが。
それを自分の人生という事にならないか。
子狐がここにきて、にわかにそれをつくろうとしている。
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03月02日(木)
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