ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1778, ライブドア問題の深層
~~旦_(^O^ )まあ、コーヒーでも
◇強まる「プロの金融犯罪」の印象
ライブドア事件の本質が、もしそうしたものであるのなら、
冒頭のような一定の評価論は一掃されてしまう。
事件はやんちゃな若者のやり過ぎではなく、
プロの金融犯罪グループの犯罪ということになってしまうからだ。
プロの犯罪者を肯定的に評価するわけにはいかない。
経済関係者の間では、ライブドア事件について当初から
「なぜ金融庁や証券取引等監視委員会による告発ではなく、
いきなり東京地検特捜部が強制捜査に入ったのか」
という疑問が交わされていた。
ライブドア事件が、プロの金融犯罪グループの行為であるのなら、
経済関係者の疑問も氷解することになる。
そして、ライブドア事件の位置付けは一変してしまう。
IT(情報技術)業界の若者の拝金主義といった批判は的外れになってしまう。
事件は金融犯罪であって、ITとは直接関係がないからだ。
市場原理に基づく経済社会を目指す構造改革路線がライブドア事件の温床になった
という議論も説得力を失う。
資金洗浄は、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を高速で往来するグローバリゼーション
の中で多用されるようになった。
金融犯罪者たちは、日本が構造改革に取り組むずっと以前から資金洗浄をやってきたし、
今もどこかでやっている。
問題はむしろ、日本の社会がそうしたプロの金融犯罪に無防備であることだ。
旧大蔵省の護送船団行政に守られていた日本の金融界は、
金融のビジネスモデルを自ら考案する能力に乏しい。
他方、金融犯罪グループは法制度のわずかなすきをついて利を得ようとする。
自分でビジネスモデルを考案できないようでは、
金融犯罪がどのようなすきをついてくるのか、想像もできない。
金融犯罪に対抗することは難しい。
ライブドア事件の全容はまだ見えていない。
しかし、資金洗浄の疑いが生まれてきたことで、
事件の性格と社会的影響が大幅に変わる可能性が出てきた。
事件の背景や原因についての議論も一変するかもしれない。
ー毎日新聞
2006年02月10日付
東京朝刊から
ライブドア事件の意味
北村龍行(論説室)
βyё βyё...φ(´д`
・・・・・・・
・・・・・・・
2005年02月14日(月)
1413, スペインについてー2
ー闘牛の話
闘牛について何回か断片的に感想を書いてきたが、
もう少し詳しく闘牛について書いてみる。
三回行ったスペイン旅行のうち、二回見ている。
マドリッドで初めて見た闘牛には、大きな衝撃を受けた。
帰りは下を向いて黙って帰ってきた。
とにかく残酷なのだ。
その日、一人の闘牛士が牛に突き殺されてしまった。
牛の角に刺されて空中に放り出され、会場が異常にどよめいた。
こういう場合殆ど、闘牛士は亡くなるという。
死ぬと、闘牛の世界では大ニュースになる。
現地のガイドが興奮をして、
「こういう場面に出くわしたことは、不謹慎だが、非常に幸運です」
と言っていた。
二回目に見た、パンプローナの牛追い祭りの最終日の闘牛が面白かった。
牛追いは、その夜の闘牛の牛を早朝街を追い上げる時に、
男達がその前を走って勇気を競うことから始った。
またヘミングウエーの小説の舞台にもなって、世界的に知られるようになった。
延々と続いたパンプローナの最終日、興奮は最高潮に達して、
スペイン中がこの闘牛に注目する。
二回目となると、初めと違って冷静に見ることができる。
闘牛は、闘牛士と人間の殺し合いである。
生と死のギリギリのドラマが演じられる。
興奮した牛の登場から、熱狂的な闘いの後、死体になって数頭の牛に
引きずられながら葬送のラッパと供に消えていくまでの全てを見るからこそ良い。
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02月14日(火)
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