ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1741, 教養とは −1
        あの35年前に、そのことに気がついてはいなかった。
         それを今にあてはめて考えてみればよい。

        逆に言えば、日常にドップリつかってる俗世間を否定するのではなく、
       その俗世間そのものを味あうことがも必要である。

      以前読んだ本で、印象的な内容があった。
     「神様に過去の、ある一日に戻してあげる」
    と言われた人が、昔のある日に戻ったという。
   両親・兄弟がいて幼馴染の友達がいて、何げない全てが光り輝いていたという。
  何故その時、それに気がつかなかったというと、
 「どうでもよい事」ばかりに気がいっていた為だった。

 日常最上は「生きていること、そのこと」が素晴らしいということである。
  悩みも、恐怖も、不安も、怒りも、全てが最上ということに、気がつくことである。
  「生まれてこなければよかった!」なぞ言語道断である。

   そう思える人が多いが。
    他人から見たら、そう思われているのだろうが。

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2004年01月08日(木)
1009, 心を軽くする言葉

何気なく図書館で借りてきた本を読んでいたら,ある項目にこの言葉があった。
 そうそう手軽に「心が軽くなる言葉があるのだろうか」と思いつつ読んでみて、
  ナルホドと思ってしまった。この随想日記も考えてみたら、自分の心を軽く
   する効用がある!
    心を軽くする映画シリーズは「男はつらいよ」であるが、
     少しテーマから外れるか。

      私自身にとって「心を軽くする言葉は何だろうか」と考えてみた。
      「何とかなるだろう、何とかならなくなったら、何ともならないでよい。
       ただ問題の中心点からは眼はそらさないこと、最善を尽くすこと。
        何があっても卑しくはならない事、そして人を騙さないこと」
         ということか。

          この本の中で、ある女性には魔法のような呪文があるという。
           引用の引用になってしまうが。

           「どうにもならないことは、どうでもいいことだ」

          この一説を目にしたとき、スッと肩の力が抜けたという。
         努力のかぎりを尽くしたのに成果が出なかった。
        といって、誰かを傷つけた訳でなし、死んだわけでもない。
       どうしても必要なものなら何とかなったはずだから、
      どうにもならなかったことは、それだけのものでしかなかったのだろう。
     これがその人の解釈だという。
    本人にとって正しく魔法の呪文だったのだろう。

   この文章を書いていて、気がついたが今実行している「ありがとう」という
  言葉の呪文こそ、「心を軽くする」言葉である。
 ウォーキングをして、1千あたりからスッと気持が軽くなるのが解る。

 この本ではシンプルな例として
 ・「時間はすべてを解決する」
  ・「小さなことは気にしないことだ。そしてすべてのことは小さなことだ」
    があった。
 
     ところで、この不景気ほんとうに心が重くなる。
      心のレッスンと受け止めて、日々過ごしているが。 

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2003年01月08日(水)
 640 ,ラスベガス

去年の年末にBSTVでラスベガスのショーを連日放映した。
その華やかさにただただ驚いた。
NHKの紅白より豪華で格段の差があった。
センスといい規模といい比べること自体が可笑しいといってよい。
アルゼンチンでタンゴのショーを見て圧倒されたとき、ラスベガスの
ショーはこんなものでないのだろうと思った。


先日図書館で借りてきた本に偶然そのラスベガスを書いてあった。
浅田次郎の「絶対幸福主義」である。

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01月08日(日)
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