ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397897hit]
■1733, 今年を振り返るー総括
TVで多くの映像が流れているが、見ていても恐ろしい。
何人かを飲み込んで流されている映像もあった。
明治29年の明治三陸地震の2万2千人の被害を軽く超える惨事で、
20世紀来、エネルギーとしては4番目の大きさという。
やっと、中越地震の余震が収まりかけてきたと思っていたら、
この大震災である。
台風は例年の3倍もあり、やっと落ち着いた時に、中越地震、
そして、このスマトラ地震である。
全くどうなっているのだろう。
・暗い話だけでは片手落ちになるので、明るい話は
オリンピックで日本が久しぶりに多くのメダルをとったことである。
強いところに、集中的に強化をしたのが功を奏したという。
・地方の景気も相変わらず、良くはない。
特に新潟県はその中でも一番悪いところである。
これに台風による水害と、この中越地震である。
復興景気といっても土木が少し良い位で全体的には決して良くはない。
日本全体から見ると、明るい兆しが見えてきた。
その要因として、政府の力、外部要因、内部要因からみると、
外部要因は、中国向けを中心とした輸出の伸長である。
内部要因は、液晶・プラズマの薄型TVやDVD、
そしてデジタルカメラに象徴されるデジタル家電のブーム。
中国とデジタルの頭文字の「CD景気」は、この1、2年で反転する
ようなことはないだろう。
しかし中国景気は、日本の地方に直接・間接の大きな影響を与えている。
・この十年間2〜3回は海外旅行をしていたが、今年は一回であった。
年末にと思っていたが、この中越地震である。
これがなければインドネシアか、タイと考えていたので、助かったのかも。
・プロ野球問題、西武鉄道の問題、ダイエーの解体の決定、など
多くの問題が噴出した年でもあった。
情報化・グローバル化による時代の変化が、ますます激しさを増して
時代を変えた年といってよい。
・身近の人で亡くなったのは、取引先の朝日広告の五十嵐恭一さんである。
会社の事務所に一番多く訪ねてきた人である。
年に数回は、個人的に飲みにいっていた。
多くの取引先をまわっているので、景気とか時流の情報に敏感であった。
親戚では、亡くなった人はいなかった。
伯父叔母も、あと数人になったこともあるが。
・仕事の方も、相変わらず下方圧力は大きいが、今年の10月の後半で
底うちをしたようだ。
と同時に中越地震の復興関係の宿泊のためミニ・バブルになり、
予算を何とか達成可能になった。
今年はやはり何といっても
中越大地震が一番の出来事であった。
忘れられない年になった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
2003年12月31日(水)
1001, 今年の総括
今年も大晦日になってしまった。
恒例の今年の総括をしてみよう。
ー個人的の問題では
・今年の身近な物故者は
高校の同級生の‘スーパーツチダ'の社長をしていた土田恒夫君が亡くなった。
一番死にそうでない男であったからショックであった。
親戚では母方の従姉の連れが亡くなった。
・海外には二回行った。
この数年三回であったので、少し物足りなさが残った。
アラスカとアイスランドである。
これで41回である。
当面の目標の50回にはまだだが。
60歳までに、というのは無理になった。
大不況の中、今年は特に行くのを躊躇をしたが、
後になれば何ということはない。
行けない状況に行くからこそ価値があるのだが?
・国内では、京都に一泊のバスツアーと鎌倉に行く。
[5]続きを読む
12月31日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る