ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1579, 閑話小題
・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。
知識の木は生命の木ではない。
・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。
たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。
・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。
・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。
・人間は考えるために生まれている。ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。
・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを
知るほうが、ずっとよい。
・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、
それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするに過ぎない。
現在は決して我々の目的ではない。
過去と現在は我々の手段であって、未来のみが目的である。
・習慣は第二の自然だといわれているが、
人は、自然が第一の習慣だということを知らない。
・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。
法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、
自分の想像する正義に服従しているのであって、
法律の本質に服従しているのではない
・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、
足のほうが我々と同じくらい低いところにある
・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。
絵とはなんとむなしいものだろう。
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2003年07月30日(水)
847, 海は見ていたー映画日記
wowowで放映した映画『海は見ていた』がすばらしい内容であった。
レンタルのDVDで見た『たそがれ清兵衛』と『阿弥陀堂』に匹敵する。
山本周五郎の作品を黒澤明が脚本をしたものを、熊井啓が監督して面白くないわけがない。
江戸の深川岡場所でくりひろげられる人間模様と心根の美しさが何とも清々しい。
熊井啓も二人の作品を映画化できたのだから監督稼業として最高だろう。
主役の若い女郎の心根の美しさがよく出ていた。
日本には日本の素晴らしい人情がある。
この三本の映画を見てから邦画に対するイメージが全く変わってしまった。
ー『海が見ていた』の荒筋は
江戸・深川。
将軍のお膝元である八百八町の町の中でここは、大川(隅田川)の向こう“川向こう”
と称され、ちょっと吉原、辰巳の遊びに飽きた粋人や訳ありの衆が集う岡場所(私娼地)
がある、葦繁る外れの町とされていた。
深川のお女郎宿“葦の屋”で働く、まだ若く器量よしのお新(遠野凪子)は、
女将さんやら姐さん方から「客に惚れてはいけないよ」と哀しい掟を教えられていた。
ある夜、お新は町で喧嘩して刃傷沙汰を起こし逃げてきた若侍・房之助(吉岡秀隆)
をかくまってやる。
房之助の「こんな商売をしていても、きっぱりやめれば汚れた身体もきれいになる」
という言葉に心動かされる。
その言葉を立ち聞きして感動した姐さんたちは、彼女のために一肌脱いでやろうと提案する。
姐さん衆のまとめ役、菊乃(清水美砂)は、気のいい隠居善兵衛(石橋蓮司)の身請け話と
ヒモの銀次(奥田瑛二)との腐れ縁が断てず悩みを抱え揺れている分、お新の純な恋を暖かく
見守る。そんな恋路にも終わりが来る。房之助が勘当を許された報告にやって来た際、
お新と姐さんたちに自分の婚礼の話を晴れやかに告げたのだった。
憤りを隠せない姐さん衆、突然の告白に動揺するお新。そんな彼らに房之助は当惑する。
彼はただ、お新を姉妹のように慕っていただけだったのだ。
一時は寝込むほど傷ついたお新も、徐々に立ち直りかけていた。
そんな彼女の前に一人の謎めいた青年が現れる。名を良介(永瀬正敏)と言い、寡黙な彼が
少しずつ自分の厳しい生い立ちを語るにつれ、同じ境遇の宿命を背負った人間だと、
お新は理解する。
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07月30日(土)
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