ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1535, 秘境探検家の「幸福論」−1
50歳で、母親を見送り(亡くなり)
人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。
あとの人生を如何生きようかという自分への問いかけをしていた。
その翌年、下の子供と家内と3人で南米のギアナ高地に出かけた。
テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を
飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。
その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』
なら、それ以降の人生を60歳までに詰め込んで生きよう!
『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。
・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう
等、生き方を変えようであった。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。
本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。
しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心』は良いのではと解釈した。
その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。
「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。
それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。
その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。
その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今もこうして生きている。
短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」
かなり深い人生の示唆であった。
「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた直後であったから、
尚のこと心に響いた。
あと2年半で、その60歳に近づきつつある。
「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きることが
できるのではないだろうか。
そして、それまで経験をしたことのない分野を探し出しチャレンジすることである。
その意味では、逆に広い世界に飛び出せるのではないかと考えている。
最近になり、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSや
テロなどでアフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。
この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。
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2002年06月16日(日)
439,随想日記の不思議
毎日書いていて不思議な気がする事がある。
気の置けない友人か家内に話す内容を、そのまま正直に書いている。
それが何か非常に気持ちが安定するのだ。
心の中の自分との対話を常に書き込んでいるのである。
悪趣味?といえば、そうかも知れないが、
見られていることを意識して書いている事で一応修正はしてある。
書いた翌日一番で書き直すことは度々だ。
書き続けていて不思議な感覚がどんどん深くなる。
色々の人の日記を見ていても、やはり「ソフィーの世界」
のような不思議な感覚を受ける事がある。
ある意味で開き直っている自分とコントロールしている自分がいる。
もっと面白いのは、過去の自分の文章である。
読み返した時に、空の上から自分を見ている自分の視点が何とも不思議である。
書き続けている事で、その日その時間の心のメルクマールになる。
過去に日記を書いておけばよかった。
反面忘れる事も大事である、書かなかった良さもある。
学生時代の卒業間じか半年分は書いたのがあるが、その時の心情が赤裸々に書いてある。
書くという事は排泄と感じることもあるし、昇華ということもある?
メルクマールでもあるし、呼吸でもあるし、発散でもある。
一度書けばコピーをして、その書き足しもできる。
思考の再深耕が容易になる。
ビルの上からの視線でその方向も見えてくる。
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06月16日(木)
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