ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1494, いま・現在について−2
 どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではならないのか
 自殺してはいけない理由 ほか)
2 悪と反抗(根本悪について
 金に対する原罪
 テロと哲学 ほか)
3 隠遁(どんな仕事も虚しい
 組織に埋没してはならない
 ひきこもりの技術 ほか)


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2003/01/06
不幸論ー中島義道

図書館で借りてきたユング派の哲学者の中島義道の不幸論が面白い内容であった。

幸福論の自己欺瞞を鋭く指摘したあとに、人間の最終結末の死をとらえて
不幸論を書いている。しかしあくまでも幸福論の批判であって、
不幸論そのものを見すえて論じてはなかった。

しかし不幸を座視にして幸福論を批判するのは、逆に幸福論をより鮮明に浮かび
上がらせて理解するのに良い。
幸福の構造は
1、自分の特定の欲望がかなえられていること
2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること
3、その欲望が世間から承認されていること
4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れてないこと
特に1〜3までの実現に4が生じてしまう。

幸福論というと、エピクロスの快楽主義が思い浮ぶ。
「人生において、面白おかしくしたい事をする事が全てに優先されるべき」
バランスが問題になるだろうが。

最近の幸福論としてヒルティやアランである。
・ヒルティの幸福論はキリスト教の理想的なカタチ
・アランは内省ー解釈の仕方ー気持ちの持ちよう
集約するとこんなものだろう。

私の幸福論はやりたい事を見つけどれだけやったかという
達成主義である。それもあくまで自己欺瞞でしかないのだろう。
愛・知・力という3点に自分の目標値は決め、達成のプロセスが=幸福
という単純なものだ。
しかし死を宣告された時にその達成感など何の支えになるかと考えると、
その前に粟粒でしかない。

この不幸論の一番気にいったところを抜粋した
ーだいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。
彼(女)は、
・まずだれでも幸福になるという基本態度を押し出す。
・次に、この磁石の上に、自分の体験を重ね合わせて、幸福とは大それたもの
でないことを、それは考え方を変えることで誰の足元にもころがっているという、
壮大な建造物ー砂上の楼閣を創りあげる。

これは幸福教の布教にすぎないまやかしである。
幸福そのものが虚妄なのではない。
幸福そのものが、じつはあまりにも高いところに位置する。
幸福が安直に手に入ると思う事が、虚妄なのである。

各人の幸福は自分の五感で探すしかない。
そしてヤコブが砂漠で神と格闘したように、全身全霊でみずからの人生と格闘した後に、
とうてい到達できない事を知って、絶望するほかない。
こういうことを悟った者は幸福でない。
しかし、幸福という幻覚に陥っている者より数段マシである。

以上がだいたい彼がこの本で貫いている主張の要旨だ。
私の今の気持ちー敢えて気持ちと書くーは以下である。
両親や身近な人の死に様や生涯をみて、
一生かかって何かをやり終えた人生そのものの判断を幸・不幸という言葉で
論じるべきでない。
それは酔ってる気分の状態を論じているにすぎない。
「酔って気持ちが良いか、悪いかの」
まあ幸不幸は考えないのが一番良い??

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2003/02/22
人生の「かたち」
ーいやなことはやらない!

51歳になった年に、母を見送り(88歳で死亡)、下の子供が大学に入学。
事業では新潟駅前で500室の客室数の完成で、人生の丁度目安がついた年ー
人生の分岐点の年であった。
その時に、「好きな事をやり、厭なことは可能な限りやらない」という方針をたてた。

ところが同じような記事が産経新聞に出ていた。
哲学者の中島義道・・・・


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2004年05月06日(木)
1129, 「一生のうちにすべきこと、しなくていいこと」−2

    谷沢永一 2000/10/19 PHP研究所』 


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05月06日(金)
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