ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1442, ホテル・レストランショー
配役(はいえき)先は、刑務所内でもほかの受刑者や見学者の視線にさらされる
ことのない隔離舎房――知的障害や重い身体障害のある受刑者たち50人のための
施設だった。
「大変なんてもんじゃないよ、あそこは。汚物まみれでね……」
看守は、そこに世話係の一人として赴く山本さんを哀れんだ。
その通りだった。ろうそくの色分けやひも結びなど繰り返される軽作業に付き添い
ながら、食事や風呂の介助もする。
漂う悪臭に吐き気を催しながら、房の床や壁にこびりついた汚物をつめではぐ。
週に2度、たった10分の楽しみだった入浴は、湯に汚物が浮かんでいることも
珍しくなかった。
出所後は、保護司のもとへ月に2回、顔を見せて近況を知らせ、息子と向かい合う
ほかは何をするでもなく数カ月が過ぎた。
手元には毎日のように妻から届いた手紙300通と、その返信、それに独房で
書き連ねた日記があった。
自らへの戒めと、かつて1票を投じてくれた人々への詫(わ)び状として、
経験のすべてを記そう――そう意を決し、2階の一室にこもった。
400字詰めで6千枚。推敲(すいこう)を重ねて800枚にまとめた原稿は
昨年末、『獄窓記』(ポプラ社)として結実した。
著書は思いもかけず、閉ざされがちな世間への扉を押し広げた。
「だれも語らず、伝えられることのなかった刑務所での障害者の処遇のありようを
あなたは初めて記した。話を聞かせてもらえないか」
□ ■
今年2月初め、編集者経由でファクスが届いた。刑事事件を起こした知的障害者の
弁護で知られる副島(そえじま)洋明弁護士(57)からだった。
「失礼ながら、刑務所に入ってくれたあなたに感謝したい」
かけた電話で、面識もない弁護士はのっけからこう言った。
5日後の昼、戸惑いながら自宅近くの駅の改札で落ち合った。
お互いの現況、刑事裁判で知的障害者の置かれている現実、刑務所に送られた
彼らの多くが身寄りがないまま満期出所になること……。塀の入り口までを担う
弁護士と、その中で過ごした山本さんの話は尽きることがなかった。
日付が変わりそうなころ、副島さんが言った。
「あんた、知っているかなあ。僕が事件を担当した……30歳ちょっとの男で……」
しばらく説明を聞いた後、山本さんは口を開いた。
「彼の介助をやっていたのはこの僕です。絵を描いている時の笑顔が忘れられず、
今でも夢に出てきます」
副島さんは携帯電話をつかんだ。
「阿部さん! 僕たちがその後を一番心配していた彼のことが初めてわかった」
携帯の相手は、東京都八王子市にある知的障害者施設「八王子平和の家」(50人)
の施設長をしている阿部美樹雄さん(49)だった。
事件は、自立に向けて一歩を踏み出そうとした彼が平和の家を出て間もなく起きた。
あてにできる家族もなく、好意で受け入れてくれた滞在先を抜けて街をさまよう
うちに、一軒の貸家に何事かを叫びながら火を放った。
母親が失踪(しっそう)するなど家庭の事情が一段と複雑になっていた時だった。
副島さんや阿部さんは、法廷で服を脱ぎながら奇声を発する彼について
「受刑は不可能」と訴えた。「こんな法廷は初めてだ」。
裁判長は戸惑いながらも3年ほど前、長期の服役を言い渡した。
黒羽刑務所に入ったことはわかったが、弁護士といえども消息を知るすべはなかった。
2月半ば。彼が取り結んでくれた縁を機に、山本さんは平和の家を訪れ、
かつて彼がにこやかに耕していた野菜畑に立った。
「自分の存在に確信を持てない知的障害者に、不条理な環境が幾重にも重なった時、
不幸にも事件に結びついてしまうことがある。それは私たちの責任です。
障害に前科が加わってしまうと受け入れ先はまず、ない」と阿部さんは言った。
山本さんは幼児のように語りかけてきた彼の言葉を思い出していた。
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03月15日(火)
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