ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■817、「神話の力 」 −2
この本は彼が他界する少しまえの彼の仕事の集大成とも言われるもので、アメリカで有名なインタビュアーであるビル・モイヤースとの対話をテレビ放映されたものの翻訳版である。
最後にキャンベルは神話は時とともに、人々とともに変わり、作られていくもので、現在の我々の次の神話の概念は、「国境線がない宇宙からみた地球に想いを馳せ、COMPASSION(思いやり、慈悲の心)を表現する」ものであるというメッセージを残してくれている。
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以前書いた内容をコピーしておきます。
2002年02月27日(水)
344,「神話の世界 」 -1
ーキャンベルとモイヤーズの対談集を読んで
私の愛読書の一冊でもある
「シェーン」をはじめとする西部劇の大部分は、
[神話のストーリ]の転用であるという。
主人公がある街に流れてくる。
そこで悪に遭遇して、正義感からその悪と対決し退治をする。
そして何も報酬を求めず黙って去っていく。
「英雄の理想像」である。
英雄の立場からすると、大いなる旅に出てそこで色々な困難に遭遇をする。
それと闘い勝利して「大きい精神的な何か」を得て故郷に帰っていく。
アメリカ西部劇の全てに共通しているストーリである。
「スターウオーズ」も、そのストーリーが背後に一本通っている。
現代の神話、西部劇である。
今話題の「千と千ヒロの神隠し」もその筋道だ。
桃太郎、一寸法師などの昔話もそうだ。
挑戦、闘い、変化ー成長、の成長過程が全て含まれている。
我々もそのプロセスを重ねて成長していく。
神話はそういう意味で「人間の一番の本質」といってよい。
誰もが自分を一生を貫いている神話を持っている。
自分にとって誰もが主役、皆が大将である。
「脱皮できない蛇は死ぬ」という諺があるが、神話のない人生をいう。
西部劇をみていて、そこに懐かしいアイデンティテーを感じるのはその為である。
そこに内面の深奥の旅を経験する為だろう。
蛇と鷲の闘いを絵でみたり、TVのドキュメントを見て興奮を覚えるのは、
「地に縛られている蛇」と「飛躍の象徴のわし」の戦いを、
「自身の内面、過去の経験」で知っているからである。
英雄は鷲である。飛躍とは地に縛られている自分からの飛躍である。
蛇は縛られている自分でもある。その自己葛藤がその闘いである。
また蛇は人間がまだサルの時、森に縛られていた時の天敵である。
本能的に嫌うのは、その時の記憶が遺伝子に残っているからだ。
その合体が龍である。羽の生えた蛇である。
何処の世界にも龍という架空の動物がいるのは、人類共通の想像的産物である。
願望の結果である。
神話の中によく大きい鳥に乗り、はるかかなたに旅をする世界共通の物語も
その形を変えたものであろう。
実は私の「秘境のたび」もこれに似ている!
一時の蛇から、森からの飛躍のバーチャル版といっていい。
鳥を飛行機と喩えることができる。
06月30日(月)
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