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原案帳#20(since 1973-)
by 会津里花
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■土〜日の記事 月曜日はメンタルの日
決して肉体的な関係にはならなかった。
だから、ずっと好きでいられた。

大学で、一人。
でも、今思い浮かぶのは、元パじゃなく、やっぱり男の子。
(あれ?なぜ?
私は元パと、大学生の頃からつきあっていたはずなのに?
そうか……
記憶を今の自分に都合いいように作り変えているんだろう、きっと)
その子は、最近「出家」して、お寺のお坊さんになったのだそうだ。

女の子を本気で「愛した」のは、東京に出てからだった。
そこで二人。
本気だった、と思う。
でも、同性だということがはっきりわかっていたら、
きっと恋人として付き合うよりももっと良い友人になれただろうし、
今でもお付き合いしていただろう。
(うちの一人は、私がその子と「同性」であることがわかっていたらしく、
そのおかげか実は最近になって連絡をとりあうようになった!
今度は本当にお友達になれる。
本当に、心から嬉しいことだ♪)

そうして、元パ。
私が本当に彼女のことを愛するようになったのは、
もしかしたら結婚してからかもしれない。
でも、別に、「子どもができたから責任をとった」というようなことではないと思う。
愛する人を愛するのに、「子どものため」とかいって
言い訳じみた言葉を加えるのは、なんだか彼女に対しても子どもに対しても
申し訳ないような気がする。
子どもを愛する気持ちとパートナーとして愛し合った人への気持ちは、
全く別のものだ。

「ライオンハート」だったっけ? 「(子どもは)2番目に好き」というのが、
「男役のパートナー」の、最も正しい姿勢だと思う。
だって、母親と同じように
「何をさしおいても、ことによったら自分よりも好き」なんていうことになったら
バランスがとれなくなって家族の機能がおかしくなっちゃうだろうから。

で。

私にはいつも、「いちばん愛する人」がいる。
人生の一時期、たぶん最も長い期間、精一杯愛した人。
元パートナーであるNさんに、
私は「生涯でいちばん愛した人」という
名誉ある称号を奉げたいと思う。

ありがとう、Nさん。

(誰かが「強がっているみたい」と感想を言ってくれたことがあります。
私別に、それでもいい。
だって、そのとおりだと思うもん。
もしかしたら人間って「何か拘るもの、強がりのためのもの」……
「アディクトするもの」があってはじめて
充実した気持ちで生きていけるものなのかもしれない、と思う。

宇多田ヒカルだって「Addicted to you」って歌ってるじゃないの。
じょうずに訳せば「君に夢中」だけど、へたすると
「君に中毒して/こだわって/凝っている」っていう意味にも
なってしまうのよね。)
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04月16日(火)
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