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doo-bop days
by ブーツィラ
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■ウメ子フチから学んだ民族の心〜けうとぅむ〜 / 小助川 勝義
■(『ムックリの夕べ』は、)ムックリも良かったけれど、ウメ子フチの話が良かったという人が多かった。アイヌの人はこんな風に感じているんだ、小学校の時はこんな思いをしていたんだと(注:ウメ子さんはアイヌという理由でいじめられ、小学校には100日くらいしか通っていない)。このライヴがきっかけで、ウメ子フチの小学校の同窓会が開かれた。
■『ムックリの夕べ』の観客の一人であったNHKのディレクターが、ウメ子フチの演奏を聴いて感動した。そのディレクターの尽力で、NHK特集「世界の科学者は予見する 核戦争後の地球」(1984年)のBGMとして、ウメ子フチのムックリが採用された。
■ウメ子フチのことをもっと知ってもらいたい思いで書いた私の文章が、雑誌『婦人公論』(昭和59年5月号)に掲載された。
■「今こんなアルバム作っているんだけど、先生、ぜひ題名をつけて」と、入院している私のお見舞いにウメ子フチが来て言った。私が助からないだろうと思ってのことかと思う。私がつけたアルバムの題名は『イフンケ』(2001年発表)。

■(ウメ子さんのCD『イフンケ』の1曲目「ペカンベ ウク」(菱の実採りの歌)をかけながら、)ウメ子フチはトンコリ(樺太アイヌの弦楽器)に合わせ、練習なしでいきなり歌うことが出来る。また、実際に丸木舟を静かに浮かべてペカンベ(菱の実)を採る経験をしているから、聴いていて情景が浮かんでくる。これがウメ子フチの歌の素晴らしいところ。
■DVD『けうとぅむ』の最後の録音を終え、私がウメ子フチに「編集、これでいいね?」と言ってから2ヵ月後にウメ子フチは亡くなった。アイヌの歌を1人で31曲も遺した人はいない。
■坂本龍一がウメ子フチを高く評価したり、JAL国内線(&国際線)の機内放送にウメ子フチの「アルオー」が採用されるなど、アイヌ文化の伝承者として入った私とは逆に、世の中の人はミュージシャンとして見ていた。
■DVD『けうとぅむ』が出来上がった時、最初にしたのは、チロット(幕別町白人)の共同墓地に行き、ウメ子フチに「どうもありがとう」と報告したこと。
■ウメ子フチが口癖のように使ったアイヌ語の“けうとぅむ”は、心・想い(思い)・気持ちという意味。最近は愛かなとも思っている。“けうとぅむ”があるからこそ、ウメ子フチのムックリや歌は人に感動を与える。
■安東ウメ子さんのことを知ってもらいたくて今までやって来たが、間違っていなかったと思う。

■ 郷土史研究で地域に貢献する小助川 勝義さん(『十勝毎日新聞』2003.09.29)
■ 糠内中 ムックリ演奏でアイヌ文化学ぶ 伝承者の安東さん招く(十勝メール.com「幕別めーる」2002年12月16日)
【2008年8月16日追記】■[PDFファイル] ウメ子フチに学ぶ 講師 小助川 勝義(2007年8月29日 札幌および同年9月28日 函館での「アイヌ文化振興・研究推進機構」のアイヌ文化普及啓発セミナーにて)
07月21日(金)
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