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M単★ランキン@馬券道場名人の日記
by ランキン
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■「新美南吉記念館」に行ってきました
「兵十のおっかあは、とこについていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで、兵十が、はりきり網を持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎを取ってきてしまった。だから、兵十は、おっかあにうなぎを食べさせることができなかった。そのまま、おっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいと思いながら死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらしなけりゃよかった。」
3
兵十が、赤い井戸の所で麦をといでいました。
兵十は、今までおっかあと二人きりで、貧しい暮らしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もう独りぼっちでした。
「おれと同じ、ひとりぼっちの兵十か。」こちらの物置の後ろから見ていたごんは、そう思いました。
ごんは、物置のそばを離れて、向こうへ行きかけますと、どこかでいわしを売る声がします。
「いわしの安売りだあい。生きのいい、いわしだあい。」
ごんは、その威勢のいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんが、うら戸口から、
「いわしをおくれ。」
と言いました。いわし売りは、いわしのかごを積んだ車を道ばたに置いて、ぴかぴか光るいわしを両手で掴んで、弥助のうちの中へ持って入りました。ごんは、そのすき間に、かごの中から五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十のうちの裏口から、うちの中へいわしを投げこんで、穴へ向かってかけ戻りました。途中の坂の上で振り返ってみますと、兵十がまだ、井戸の所で麦をといでいるのが小さく見えました。
ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
次の日には、ごんは山で栗をどっさり拾って、それをかかえて兵十のうちに行きました。
裏口から覗いてみますと、兵十は、昼飯を食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、兵十のほっぺたに、かすりきずが付いています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとり言を言いました。
「いったい、だれが、いわしなんかを、おれのうちへ放りこんでいったんだろう。おかげで俺は、盗人と思われて、いわし屋のやつにひどい目にあわされた。」
と、ぶつぶつ言っています。
ごんは、これはしまったと思いました。「かわいそうに兵十は、いわし屋にぶん殴られて、あんな傷まで付けられたのか。」
ごんはこう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入り口に栗を置いて帰りました。
次の日も、その次の日も、ごんは、栗を拾っては兵十のうちへ持ってきてやりました。その次の日には、栗ばかりでなく、松たけも二、三本、持っていきました。
4
月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山様のお城の下を通って、少し行くと、細い道の向こうから、誰か来るようです。
話し声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと、松虫が鳴いています。ごんは、道のかた側に隠れて、じっとしていました。話し声は、だんだん近くなりました。それは、兵十と、加助(かすけ)というお百姓でした。
「そうそう、なあ、加助。」
と、兵十が言いました。
「ああん。」
「おれあ、このごろ、とても不思議なことがあるんだ。」
「何が。」
「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれに栗や松たけなんかを、毎日毎日くれるんだよ。」
「ふうん、だれが。」
「それが分からんのだよ。おれの知らんうちに置いていくんだ。」
ごんは、二人の後をつけていきました。
「ほんとかい。」
「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。その栗を見せてやるよ。」
「へえ、変なこともあるもんだなあ。」
それなり、二人はだまって歩いていきました。
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01月14日(金)
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