ID:44060
M単★ランキン@馬券道場名人の日記
by ランキン
[912681hit]
■「新美南吉記念館」に行ってきました
「兵十(へいじゅう)だな。」と、ごんは思いました。兵十は、ぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる「はりきり」という網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、円いはぎの葉が一枚、大きなほくろみたいにへばり付いていました。
しばらくすると、兵十は、はりきり網のいちばん後ろの袋のようになったところを、水の中から持ち上げました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさった木切れなどが、ごちゃごちゃ入っていましたが、でも、ところどころ、白い物がきらきら光っています。それは、太いうなぎのはらや、大きなきすのはらでした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そして、また、ふくろの口をしばって、水の中へ入れました。
兵十は、それから、びくを持って川から上がり、びくを土手に置いといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。
兵十がいなくなると、ごんはぴょいと草の中から飛び出して、びくのそばへ駆けつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんは、びくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっている所より下手の川の中をめがけて、ぽんぽん投げこみました。どの魚も、トボンと音を立てながら、濁った水の中にもぐりこみました。
いちばん終いに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、なにしろぬるぬると滑りぬけるので、手では掴めません。ごんは、じれったくなって、頭をびくの中につっこんでうなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュッといって、ごんの首へまき付きました。そのとたんに兵十が、向こうから、
「うわあ、ぬすっとぎつねめ。」
とどなりたてました。ごんはびっくりして飛び上がりました。うなぎをふりす捨てて逃げようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまき付いたまま離れません。ごんは、そのまま横っ飛びに飛び出して、一生懸命に逃げていきました。
ほら穴近くのはんの木の下で振り返ってみましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。
ごんはホッとして、うなぎの頭を噛みくだき、やっと外して、穴の外の草の葉の上にのせておきました。
2
十日ほど経って、ごんが弥助というお百姓のうちの裏を通りかかりますと、そこのいちじくの木のかげで、弥助の家内が、お歯黒を付けていました。かじ屋の新兵衛のうちの裏を通ると、新兵衛の家内が、かみをすいていました。
ごんは、「ふふん、村に何かあるんだな。」と思いました。「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこや笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが。」
こんなことを考えながらやってきますと、いつの間にか、表に赤い井戸のある兵十のうちの前へ来ました。その小さな壊れかけた家の中には、大勢の人が集まっていました。よそ行きの着物を着て腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋の中では、何かぐずぐず煮えていました。
「ああ、葬式だ。」と、ごんは思いました。「兵十のうちの誰が死んだんだろう。」
お昼が過ぎると、ごんは、村の墓地(ぼち)へ行って、六地蔵(ろくじぞう)さんの影に隠れていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、彼岸花が、赤いきれのように咲き続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと、葬式の出る合図です。
やがて、白い着物を着た葬列の者たちがやってくるのが、ちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。葬列は、墓地へ入ってきました。人々が通ったあとには、彼岸花が踏み折られていました。
ごんは、伸び上がって見ました。兵十が、白いかみしもを着けて、位牌をささげています。いつもは、赤いさつま芋みたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。
「ははん、死んだのは、兵十のおっかあだ。」ごんは、そう思いながら頭を引っこめました。
その晩、ごんは、穴の中で考えました。
[5]続きを読む
01月14日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る