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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■コロナになった子どもたち
新型コロナの変異種BA5は子どもや若者への感染がとても多いらしい。学校で集団感染して、それを家に持ち帰って家族感染するというパターンである。その多くは軽症なのだが、中には重症化する人もいるし、基礎疾患のある子どもの場合は命を落とすこともある。
知人が熱を出した子のために、夫婦で交互に休みを取って看病しているということをツイッターでつぶやいていた。幼児が病気になると家族は大変である。ふと、自分が幼かった頃のことを思い出した。私は兄弟姉妹3人の中で一番病弱で、いつも最初に風邪を引いて最後まで治らなかったらしい。20歳まで生きられるかどうかわからないから、できるだけ好きなことをさせてあげなさいと親戚中から言われていたほどの病弱な子どもだったということである。
幼稚園の隣に「M医院」という開業医があって、そこが行きつけのお医者さんだった。往診に来てもらった記憶もある。診察室に貼ってあった人体解剖図を見て、臓器の名前を指さして次々と私が答えたので、お医者さんに「賢い子ですね」と驚かれたことを母から聞いたことがある。結果的には人体の仕組みに興味を持つのではなく。女性のカラダに特に興味を持つただのエロい高校生になってしまったことはとても残念なことだった。
病気になった私を前にして、医院に連れて行ったり看病していた母はどんな気持ちだったのだろう。まだ1歳の頃に扁桃腺が腫れたので乳母車に乗せられてM医院に駆け込み、喉の奥に割り箸にはさんだ脱脂綿の消毒薬を塗られ、そのときに激しく泣いたことを覚えていて、人生最初の記憶だったことを後から知る。母の言葉が「なんでそんなこと知ってるの?」だったから。
鼠径ヘルニアで幼い頃に入院して、同じ病気だった従兄弟と同じ病室にいたことは何も覚えていないのだが、伯母の家からタクシーでその病院に向かったことは覚えていて、そのときにタクシーがガードをくぐった風景になぜか見覚えがあって、大人になってその前を通過したときにそこが赤十字病院だったことを知った。
病弱だった子どもの頃の自分を振り返ると、まさかこの年齢まで生きているなんてと改めて思うのである。高校生の頃に心臓検診で引っかかって、「心臓弁膜症」の疑いで激しい運動を止められたりした。まさか自分がサイクリング部で長距離を人よりも速く走れるようになるなんて、本当に思いもよらなかったのである。
今、家族に見守られながら自宅療養している子どもたちが日本中にどれほどたくさんいるのだろうか。その中には親が異性の恋人と会うために放置されている子もいるかも知れない。親がパチンコ屋に行ってしまっていて、暗い部屋でただ親の帰りを待ってる子もいるかも知れない。ちゃんと親がそばについてくれているのは恵まれた一部の子だけかも知れないのだ。コロナだったら保育所も受け入れてくれないだろうし。狭い家でどうやって隔離できるだろうか。
大阪は完全に医療崩壊している。すぐに入院できるのはコネがある維新関係者だけである。維新の青柳議員がすぐに入院させてもらえたことからもそれは明らかだ。大阪市の保健所機能を強化して欲しいという陳情は議会で維新議員だけが反対して否決された。いつもは維新に付和雷同する公明党もこのときは自民党議員と一緒に賛成に回ってくれた。しかし海老沢由紀や飯田サトシという維新の会の議員たちはこのときに否決する側に回ったのである。そいつらが参院選で落選することになったのはこの行為の報いだとオレは思っている。
幸いなことにオレは元気に行動できる状況下にある。オレにできることはこうして記事にして訴えることくらいしかない。どうか子どもたちが適切な医療を受けられますように、そして早く大阪府がこの惨状から回復できますようにと願うのである。今日は8月4日、奇しくも吉村知事が「コロナの弱点がわかった」とほざいたのは今からちょうど2年前である。今日をイソジン記念日とオレは呼びたい。
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08月04日(木)
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