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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■人は何のために生きるのか
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 今年、オレは50歳になる。これは人生の中でものすごく大きな節目である。平均寿命くらい生きられるとしても、人生はあと1/3くらいしか残っていないのだ。ぼやぼやしているとすぐにくたばってあの世に逝ってしまうのだ。それも突然病気が見つかってたちまちに余命数ヶ月を宣告されて・・・ということもあるかも知れないのだ。人生は有限なのにぼやぼやしてはいられないのである。自分にはするべきことがまだまだたくさん・・・と考えてオレはふと立ち止まってしまう。オレにとって「するべきこと」とはそもそも何だったのだろうかと。

 オレは教師という職業の中でいったい何ができたのだろうか。オレはこうして日記を書き続けることで何を伝えることができたのだろうか。日々投資活動に打ち込んで株を売ったり買ったりして、あるいは為替取引をしてわずかなゼニを稼いでそれがどういう意味を持つのだろうか。

 32年前、オレは失恋して人生に絶望していた。自分は生涯「非モテ」の道を歩むのだと思っていた。文学部というヤクザな道に進んだのは自分がちゃんと就職して企業戦士として日本の経済発展に貢献している姿など想像もできなかったからだ。

 就職活動は思うようにいかなかったが、教員採用試験には合格していたので大学を卒業した春から南河内の片田舎で高校教師となった。かつて自分が否定した「大学受験の手段としての勉強」を教える中で、さまざまなことを自分は考えた。その間に進学校と世間では呼ばれる私学に移籍するということもあったが、基本的に自分の目指すところは変わらなかった。一人一人の生徒が自分の夢を実現できるように支えようということである。残念なことに自分は「何もの」にもなれなかった。だが前途ある一人一人の生徒たちにはしっかりと「何か」になってもらいたいというのが私の描いた目標だったのだ。

 オレの両親は露天商だったが、母はよく「安定した勤め人が羨ましい」と語っていた。不安定な収入の中で一家の生計を支えるのは大変だったからだ。だからオレが公務員という身分を得たときにとても喜んだのである。オレは4年間の大学生活の中で自分がアカデミックな研究者にはとうてい向かないことを悟り、就職して競争社会に身をゆだねようと思った。しかし、自分が働くことができたのは「学校」という特殊な世界だった。そこに存在したのは生徒との心温まる交流よりも、むしろ嫉妬や憎悪やどろどろとしたくだらない人間関係の軋轢だった。公務員の世界は能力や実績が正当に評価される世界ではなかった。それゆえオレはあえてその身分を捨てたのだ。

 人生は巻き戻せない。もしも自分が大学の学部選びからやり直せるのならば文学部なんて退屈な世界ではなくて、経済学部や国際関係学部といった「今の社会と共にダイナミックに動いている学問」を選んだことだろう。しかし、そのときのオレは「金儲け」を卑しいことだと思い、ゼニを左右に動かすだけで増やす連中のことを自分の敵だと勘違いしていた。もしも今オレが現代に生きる20歳の若者ならば、就職するのではなくて起業する方を選んだだろう。

 教師としてオレは多くの生徒の人生に触れてきた。オレが教えた多くの若者が社会へと旅立って行った。卒業してから何年も経ってから街で出会うこともあれば、新聞の紙面でその活躍を発見することもある。人がこの世に生まれてきて、ただ一度のかけがえのない人生を送るということがどれほど価値あることなのかをオレはその都度感じてきた。だからこそ殺人は許されざる犯罪なのだ。一瞬にして一個の存在の未来の可能性をすべて奪い取るという意味で。


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01月01日(土)
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