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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■あれから15年〜私たちの生活を返してください
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15年前の今日、1月17日に阪神大震災が起きた。オレは激しい揺れで目覚めたあの朝のことを一生忘れないだろう。わずか1分間ほどの揺れは永遠にも近い時間に感じられ、このまま家が崩れて押しつぶされることを覚悟したのだから。
あれから15年経った。神戸は震災から復興したように見える。長田の街には鉄人28号が登場した。文化住宅や町工場の建ち並んでいた新長田駅周辺はすっかり変わった。再開発の高層ビルが建ち並び、古くからの住人は激減した。神戸市が目指したのは「きれいな街並み」を作ることであり、住民の生活を取り戻すことではなかった。神戸市の行った「再開発」というのは実は「官製の地上げ」のことだったのだ。かつてポートアイランドで一儲けした経験が忘れられずに土地転がしでゼニを稼ぎたい神戸市の幹部にとって、震災復興もまたゼニを稼ぐ一つのチャンスでしかなかったのだ。もっとも、失敗して赤字になったところで誰も責任を取らない。ガッポリと退職金をもらって辞めていくだけである。
新長田地区の約20万平方メートルの土地は、国からの補助金を含めて総事業費2710億円をかけて再開発されることとなった。神戸市は823億円の市債を発行し、完成したビルの区分所有権を売却して返済に充てる計画を建てた。分譲マンションはとりあえず完売した。しかし商業用のビルやテナントは入居者が集まらなかった。なぜか?賃料が高すぎて採算が合わなかったからである。
そこに文化住宅や町工場が存在した頃は事務所などの賃料も家賃もそれほど高くはなかった。人々はそこで商店を営み、靴工場でパートやアルバイトの人たちが働き、街には活気が溢れていた。金銭的にはそれほど豊かではなかったかも知れない。しかし、そこにはまぎれもなく住民の幸福な日々が存在したのだ。その幸福を一瞬にして震災が奪ったとき、そこにいた住民たちは何を必要としたのか。44階建ての真四角なビルを建ててくれと誰が望んだのか。ただこれまでと同じように地に足がついた生活をすることを誰もが願っていただけではないか。なぜ「元通りにする」ことを全く考えなかったのか。
自分たちの街で自分たちの生活を再建しようと思っていた人たちが次々と札束で追い出されていった。あぶく銭を得た家主たちは長田を捨てて遠くに去って行った。靴工場を再建するよりも神戸市に売り飛ばした方がはるかにゼニになる。そうして街にあった働く場所はどんどん失われた。工場と住宅と商店が適度にミックスされた街だからこそ活気があったのだ。ところが工場も商店もやっていけなくなった。ビルに入居するテナント料や共益費が高すぎるからである。その高い分を商品の価格に反映させれば客離れが起きる。その結果ますます商売はうまくいかなくなり、最終的には借金しか残らない。国が融資した中小企業高度化資金を返済できるほとんど目処は立たない。
震災前にお好み焼き屋を経営していた人が再開発ビルに入居しようとしても開店資金が2000万円以上必要で断念したという。どうやってそんなゼニを用意すればいいのか。不可能に決まってるじゃないか。神戸市の行ったことは復興事業なんかじゃなかった。復興事業という名のただの地上げであり、旧住民の追い出しだったのだ。では新長田地区の旧住民を追い出した結果、街作りはうまくいったのか?生活は快適になったのか。もちろん否である。かつての長田は下町のふれあいがあふれる街だったのに、今はマンションの隣に誰が住むかもわからない無機質な街になってしまったのだ。
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01月17日(日)
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