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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■かつて家にはお母さんがいた・・・
まだ自分が小学生だった頃、友人の家に遊びに行くと、その家というのはたいていが長屋や文化住宅だった。一戸建ての持ち家に住んでるのはごく少数で、たいていは長屋や団地住まいだった。ただどの家でも必ずお母さんがいて、おやつを出してくれたりした。自分の母親は働いていたので、ちゃんとお母さんが家にいる普通の家にあこがれたものだった。いつからお母さんは家にいなくなったのだろう。
安価で良質の賃貸住宅を供給するという方針を捨てた我が国の住宅政策は、高額の持ち家を35年ローンで買わせることで銀行を潤わせて、それと同時に労働者を借金の奴隷にした。ローンを払うためにお母さんはパートに出た。それはダイエーなどのスーパーの進出とほぼ重なっていた。そしてダイエーやジャスコの進出は従来の個人商店を廃業に追い込んだ。このようにして2種類の破壊は進行していったのだ。
サラリーマンと専業主婦といった家庭モデルの破壊と、豆腐屋や八百屋、魚屋という個人商店の衰退はほぼ同時に起きたのである。大手スーパーの進出と安価なパート労働力、そして住宅ローン、これらは相互に密接に関係していたのだ。
持ち家率は向上した。勤労者が誰でも高額な住宅ローンを抱えてることは当然となり、子どもたちはみんな自分の部屋を手に入れた。子どもたちが自分の部屋に引きこもり、父は残業して長時間労働し、母はパートで働くという強固なシステムが完成したのである。配偶者控除、扶養控除という巧妙な仕組みはパート労働者の賃金を低水準に抑えるのに役立った。そのおかげで大手スーパーは人件費を節約できたのだ。
住宅ローンと共にのしかかるのは教育費の負担だった。子どもを私立中学、高校に入れるのにかかる費用、大学進学にかかる費用を考えれば子どもの数は少なくせざるを得なかった。少数の子どもに資金を集中的に投下して教育効果を上げるということが求められたのだ。いつのまにか国立大学の授業料も50万をこえてしまい、子どもを大学に通わせるということはかなり負担の重いことになってしまった。平均年収程度の通常のサラリーマン世帯で、もしも子どもが一人私立大学に通うならかなり切りつめた家計になってしまうだろう。二人通うなら親たちはほとんど飲まず食わずで倹約しないといけなくなるだろう。私立大学が貧乏人にとっては搾取のシステムになってるのである。だったら大学になど行かなかったらいいと言われそうだが、中卒、高卒で就職できる企業が減少し、製造業の単純労働者は中国人留学生や日系ブラジル人に置き換えられ、満足な就職口がないためにやむなく多くの若者は大学や専修学校に進学していく。
では、彼らが大学を出たときに満足な就職ができるのか?答えは否だ。多くのFランク大学はもはや教育機関と言うよりはニート養成所のような状態になってるのである。学力の低い若者を一カ所に4年間集めて遊ばせることでさらに彼らの能力をダメにしてしまっているのだ。もちろんまともな企業の採用担当者はそんなことは百も承知で、少しでも能力のある(=学力偏差値の高い)学生を囲い込もうとするのである。
かつて家にはお母さんがいた。そのお母さんをパート労働力として子どもたちから奪ったことがすべてのはじまりである。もしもパートにも正社員並みの給与を支払わなければならないとすれば、大手スーパーは中卒や高卒の若者を正社員として採用するしかなかったのだ。政府の間違った住宅政策がなかったら、お母さんたちは働きに出なくてもよかったのである。
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09月25日(金)
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