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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■セブンイレブンを日本からなくしてください
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どんな田舎に行っても全国チェーンのコンビニが必ずある。そして同じ商品が買える。これを便利なことととらえてる人は多いだろう。全国に存在するのはコンビニだけではない。吉野家もあれば洋服の青山もあるしユニクロもある。オレの主張することはコンビニについてだけではなくすべての業種に関してあてはまるのだが、とりあえず今回はコンビニについて書いてみたい。
豆腐は豆腐屋で買う。うどん玉はうどん屋で買う。玉子は玉子屋で買う。鮮魚はサカナ屋で買う。オレが小学生の頃はそれが普通だった。街には公設市場があって、そこに行くといろんな店があって、母に頼まれたお買い物というのはそれらの店を回ることだった。商店街にはそれ以外にも多くの店があった。小学校のクラスメイトの店が食堂だったりパン屋だったりした。買い物はたいてい顔なじみのそうした店で済ませた。一軒の店で欲しいものがみんな揃うなんてことはなかったし、それが当たり前だとオレは思っていた。あの小さな市場にはみそ屋や小間物屋もあった。とりあえずそこにいけばたいていのものが揃い、そこにないものを買うためには電車に乗ってデパートに行くのだった。
みんなが貧しかったあの時代、お金はそうして地域の中を循環していたのだ。散髪屋も風呂屋もみんな歩いていける範囲内に存在した。そしてどの店もほどほどに商売が成り立っていたのである。なぜその仕組みを我々は守れなかったのだろうか?
やがて街にはダイエーがやってきた。それまでは地域の店で買っていたのになぜかみんなダイエーに買いに行くようになった。ダイエーができてすぐにイズミヤもできた。巨大スーパーには子どもの好むゲームセンターもあった。子どもたちの社交場は街の駄菓子屋からダイエーのゲームコーナーへと移った。そうして客が減ると商売が立ちゆかなくなったせいか、次々と小さな店は姿を消し、公設市場はがらがらになり、商店街はシャッターを閉じた店ばかりになった。大手スーパーが街を破壊したのである。
昔は田舎には「よろず屋」と呼ばれるなんでも屋があった。そこでは野菜や果物も買えればお菓子も買えた。お酒やお米も置かれていた。雑誌もあった。とりあえず生活に必要なものはそこで買えたのである。そこにないものが欲しいときは街に出かけるしかなかったのだ。
今はどんな田舎にもコンビニがある。コンビニの多くは赤字だ。せっかく開店してもすぐにつぶれる。開業した人は巨額の借金を押しつけられ破産したりする。損をするのはコンビニの経営者だけで、元締めのセブンイレブンやローソンやファミリーマートは絶対に損をしない。出店しすぎの過当競争で店がつぶれても元締めは痛くもかゆくもない。出店させるだけで元締めは儲かるので、その場所でうまくいくのかどうかなんて全然考えずに安易に開店を勧める。オレの回りでも早々とつぶれたコンビニがどれほど多いことか。半年ももたないで消えてしまう店も多い。あれで経営者はどれほどの借金を抱えるのだろうか。
なんとか損失を減らそうとして弁当などの値引き販売をする動きがあった。これまでは廃棄させられてしかも原価を負担させられていたものを、値引き販売することができればその分コンビニ経営者側は損失を減らせることになる。しかも貴重な食料を無駄に捨てることも減るわけでなんてすばらしいことなんだと思っていたが、元締めの連中にとってはちっともすばらしいことではなかったようだ。捨てる分の弁当までコンビニからゼニを巻き上げて荒稼ぎするというビジネスモデルが崩壊するからである。セブンイレブンの場合、年間の廃棄分は600億円にものぼる。この分はすべて加盟店側が負担させられていたのである。せめて値引き販売が可能ならいくらかでもこの損失を取り戻すことができたのである。
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08月21日(金)
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