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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■誰かが代わりに働くと言うこと
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お正月からコンビニは営業している。ダイエーも元旦からやっている。そのおかげでいつでも我々が買い物できるわけだが、そのためには誰かがお正月も働かないといけないと言うことを忘れてはならない。誰かが便利になるために誰かが犠牲になっている。これが社会の宿命なのだ。我々の享受する便利さは常に誰かを犠牲にして得られているということを忘れてはならない。あなたが便利なその一方で、お正月から休むこともできず、この寒風吹きすさぶ中を戸外で働く人もいる。そうした人たちの労働によってこの社会はいつも支えられているのだ。
お正月から悲惨な交通事故が起きている。オレはこういう事故の報道を見ながら、そんな事故であっても救急車はちゃんと現場に駆けつけ、病院は適切に対応してくれるわけだし、すぐに現場に警察官も駆けつける。この世は正月だからといって休んでいられる人ばかりではないのだ。オレはそうした正月返上で働いている方々に対して限りなき畏敬の念を感じるのだ。誰かが休んでるときもいつも誰かが代わりに働いてくれるから、そうして社会は機能しているのである。
小学校や中学校で女性の教員が産休を取った場合、必ず産休講師が派遣される。オレは不思議に思うのだが、その産休講師には産休を取る権利はないのだろうかと。女性が出産や育児をする権利が保障される傍ら、そのために臨時講師という身分で働く人がいるわけで、不安定な身分で働かされる人がいるおかげで、労働者の権利が守られているのである。そのような実態は果たして正しいことだと言えるのか。そもそも誰かを犠牲にして成り立つ労働者の権利など、単なる格差社会の中での弱いものいじめに過ぎないのではないか。教諭の超過労働を緩和する方法は決して教諭そのものの定員増ではなくて、たいていは非常勤講師の時間増である。時給換算すれば700円以下で多くの非常勤講師たちが働く。いくら教育という仕事に夢があっても、現実に生活できるだけの賃金が保証されていないこともまた事実なのだ。
派遣労働者、期間労働者でいられることは断じて権利などではない。そのような不安定な身分しか与えられない実態に対して、労働者は怒りの声を上げるべきだ。教育の現場に多くの非常勤労働者がいることも同様だ。なぜすべてをフルタイムの教師でカバーしないのか。学校側は非常勤の教員の比率を上げることで教員に支払う賃金コストを下げることができるわけだが、学生や生徒にしてみれば質問があっても常に自分が習う教員が居るわけではない。そしてなによりも深刻なのはそうした非常勤講師や臨時教員の多くがワーキングプアの状態に置かれているということなのだ。そんな状況でいかにして教育の質の向上がはかれるのか。
なぜ正社員と、臨時社員・派遣社員が区別されるのか。現場で仕事をするということ自体は同じであっても、なぜ賃金の格差をそこに存在させるのか。そうやって労働者を分断して序列化することは、ある意味江戸時代の身分制度と似てはいないか。残業代を値切り、厳しい労働条件を押しつけ、労働者から搾取するだけ搾取しておきながら、「きみたちよりももっと劣悪な条件でも働く人がいるんだよ」と提示することでその状況を容認させることが経営者側の戦略である。お正月でも働かされる代わりに、ほんの少し高い時給が提示され、日頃から搾取にあえいでる人たちはそのわずかな差額を求めて元旦から働かされることとなる。そして正社員ももちろんそこに駆り出される。「休みたい」という主張はそこでは許されないのだろうか。
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01月03日(木)
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