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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■江草の大学改革試案
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 今の日本に大学は多すぎる。オレははっきりそう思っている。そして、多すぎる大学が実は国民を限りなく貧しくしてるということに誰も気づいていない。そういう観点で語られる論考をオレは読んだことがない。そういう部分からオレは今日書いてみたい。

 入学試験の偏差値の高い大学ほど高学歴高収入の家庭の子弟が多いと言うことは昔から言われてきたわけだが、逆に入学試験の偏差値の低い大学には、平均レベル以下の家庭から多くの学生が進学することになる。するとどういう現象が起きるのか。それは教育費の負担が重すぎるという現象である。大学の入学金や授業料は4年間で約500万、そしてその間の生活費などの重い負担が親にのしかかるのである。住宅ローンの返済にあえぐ親にさらにこの負担がのしかかることはますます親たちの生活を圧迫する。もちろん奨学金などを利用するという方法もあるが、この奨学金を踏み倒してる連中が増加していて、貸し倒れになった金額が2000億という話を聞くとどうやらその制度も破綻寸前だ。つまり、レベルの低い大学を作りすぎたために、その負担で社会は青息吐息の状態になってるのである。もしもそういう大学をなくせばどうなるか。社会は安価な若年労働者を大量に手に入れることとなり、親たちは学費や仕送りの負担から解放される。また、若者の就職や自立が早まると言うことで、晩婚化に一定の歯止めがかかることとなる。つまり、大学を思い切って減らしてしまうことは長い目で見れば社会にとってプラスになるということだ。

 もう一つ、大学が増えすぎて困ることは社会における労働者の構成比率である。実際の社会では現業部門で働く多くの労働力を必要とするわけだが、その人たちが大学を出ている必要があるとは思えない。いや、事務職でさえもそうである。それは地方公務員の中に大学卒業という事実を隠して採用試験を受験しているものが大勢いて処分を受けているということでよくわかる。そんなことなら最初から大学に行く必要はなかったのである。大学進学率が向上することは、高卒で就職する層の質的低下につながる。大学に行く意欲のない層しか残っていないということは、やる気がなかったり遅刻や欠勤が多かったり学力が低かったりというグループが高卒で就職するということにつながる。(実際は高卒で就職する人のたちの中にも優秀で勤勉な人はかなりいるのだが、平均的に見ればやる気のない者の方が多いということになる。)すると企業側は「高卒はダメだ」ということになってしまう。そのために高卒で就職すべき人材が、大学という4年間の回り道をしてきて、そのために親たちに無用の負担を与えてしまうのである。全く不合理な話である。

 また、やたら増えた中身のない大学にも文部科学省は補助金を出している。全くばかばかしい話である。大学生同士のケンカの末に殺して埋めたあの東大阪大学とか、ラグビーをやってるのか大麻をすってるのかわからない関東学院大とかにもちゃんと補助金はたっぷり出ている。大学の4割が定員割れで、選ばなかったらどこかに入れるという時代、分数の計算ができなくても大学生にはちゃんとなれるわけで、その質の悪さといったらもう想像を絶する状況らしい。講義中の私語雑談は当たり前、メールを打っている者やDS、PSPで遊んでる者までいるとか。高校と違ってそれを厳しく注意されることもない。つまりクソ学生であってもちゃんと授業料を払ってくれるお客さんなのだ。そういうわけで大学と言うよりはニート収容所と呼ぶにふさわしい施設がいたるところに乱立してるのである。社会はこんな連中を遊ばせるために高いコストを支払ってるのだ。全くばかばかしい話である。


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12月12日(水)
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