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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■ゼニで宿題を買う人たち
 三重大学の奥村晴彦教授(情報教育)は「宿題や課題は結果より努力した跡が大切。お金で買ったものでは意味がない。保護者や業者も『何でも金で解決できる』という考え方を子供の心に植え付けるのは良くない」と話している。(2007/09/01 16:33)

 多くの批判はあるが、オレはこのような業者が存在すること自体は否定しない。そういう業者にわが子の宿題を丸投げする親がクソなのであり、世の中にクソがいる以上その相手をする人間も必要なわけで、覚せい剤を買う馬鹿が居るから売人が存在するわけだし、女子中学生に10万円払って援助交際するオッサンがいるから女子中学生が援助交際するわけだ。わが子の宿題に何万も払う馬鹿親がいるから、それを引き受ける業者が出てくるわけである。需要があるから供給がある。それは資本主義社会のルールである。ゼニを払う人が居るからこそ、そのゼニを受け取る人が居るのだ。ただそれだけのことであり、特に非難されるようなことだとは思わない。クソみたいな親が、わざわざゼニを払ってわが子をクソにして、そうして育ったクソガキはろくな人間にならずにクソ野郎になるというダメ人間の再生産システムができあがってるというだけのことである。

 もしもオレのところに読書感想文の作成依頼が届いたらどうするか。それが「原稿の依頼」という形ならどうするだろうか。

「夏目漱石の『こころ』の感想文を書いてください。原稿料は10万円、枚数は10枚です・・・」

という依頼メールが来て、すぐにオレの口座にゼニが振り込まれたら物書きのオレとしては引き受けざるを得ないだろう。しかし、オレが書いた感想文を例えば中学や高校の教師が読んだとして彼らはいったいどう感じるだろうか。そこでちゃんと「こんな名文を高校生が書けるわけがない」と気付かないといけないのである。

 オレは教師として大量の宿題に目を通す。読書感想文という宿題を課すことももちろんある。その中で当然のことだが、誰かの感想文を引き写して出すという卑怯なことをしてごまかす輩もいないわけではない。そんなことをしても無駄である。感想文を点検するとき、オレは数百人の書いた内容を覚えてるから同じモノがあればすぐに発見できる。そんなときは両者ともにペナルティを受けることになる。どっちも提出が認められないのである。こういう場合、写した方にだけ罪があるのかも知れないが、オレは断じてそうした行為を許さない。少なくともオレに対してそんなせこい方法は通用しないということだ。

 しかもオレは日頃テストの答案を見ていて生徒の力量はちゃんと把握しているから、明らかに本人がやったのではない宿題など一目瞭然である。ちゃんと自分が教えてる生徒のことを理解してる教師なら、その宿題が自分でやったものか、それとも代行業者に依頼したものかはすぐに見破れる。そんなイカサマにあっさりとだまされる教師の方にこそ落ち度があるとオレは思ってしまう。

 ネットで検索すればいろんなものが落ちている。「走れメロス」(太宰治)の読書感想文などいくらでも転がっている。それを丸ごと引き写して提出する輩もきっといるだろう。少なくとも国語教師ならそういう想定内の卑怯な行為に対して、ある程度の対策はたてておくべきであり、ネット上で簡単に入手できる感想文テキストは一通り目を通しておくべきだ。このオレも漱石の「夢十夜」に関する感想文を書いている。日本のどこかにそれを丸写ししているヤツが居るかも知れない。ちなみにこの感想文はその昔、感想文を書いたらトヨタの300万円くらいのクルマが当たるという企画に応募するために書いたものである。残念ながらクルマは当たらず、オレがもらったのは図書券5000円だったが。

 ただこの宿題代行サイト、どの程度の力量の学生バイトを集めてるのだろうかということが気になる。せっかくゼニを出してやってもらった宿題が間違いまくりだったりひどいデキだったら意味がないからなあ。いや、もしかしたら馬鹿ガキのために「適度に間違えてください」という高度な内容の依頼だったりして。最近の大学生の学力に関してオレはかなり心配してるのである。

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09月02日(日)
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