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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■医者は治してくれない(その1)
さすがに忙しすぎて他の人のブログや日記など目を通せていません。雑記も毎日書くのではなく、まとめて書いておいたものを分割して投稿するようにしています。
さて、久しぶりに「医者は治してくれない」という言葉を聞きました。
依存症は治癒する病気ではないので、この場合の「治る」は、アルコールの場合で言えば、再飲酒して病気がぶり返す可能性が心配しなくて良いほど小さい状態が維持されること、いわゆる回復ということを言うのでしょう。
依存症を治療できる薬はまだ作られていません。ビッグブックのp.45に「科学はいつかそれをやり遂げるかもしれないが、まだ実現していない」という文章が書かれたのは、おそらく1937年頃でしょう。それから70年以上経った今も、相変わらず実現していません。
最近「チャンピックス」という禁煙補助薬が人気だそうです。ニコチン依存症には薬が効く時代になった・・と言って良い時代なのかも知れません。チャンピックス(成分名バニレクリン)は脳内のニコチン受容体に作用してニコチンのパーシャルアゴニストとして働きます。
人が喫煙して体内に取り入れたニコチンは、脳内のニコチン受容体に結合します。するとドパミンやノルアドレナリンの過剰放出を引き起こします。こうした物質は快感や覚醒を扱っているため、タバコを吸うと人は気分が落ち着き、頭が少しスッキリする感覚を「実際に」味わいます。気のせいではないわけです。こうしたメリットがあるからこそ、人はタバコを吸います。
タバコを日常的に吸っていると、血中のニコチン濃度が高いのが常態となります。血中ニコチン濃度が下がってくる→受容体に結合するニコチンが減る→ドパミンやノルアドレナリンの放出量が減る→イライラして落ち着かなくなるという仕組みができあがります。だから血中濃度を上げるために「次の一本」を吸う薬物摂取行動に移ります。アルコールであれ、覚醒剤であれ、処方薬であれ、物質系の依存にはこの仕組みが共通していると考えられています。脳内の報酬回路に人の行動が支配されているわけです。
バニレクリンは、ニコチンの代わりに受容体にくっついてしまい、しかもニコチンほどドパミンを放出させません。チャンピックスを服用している状態でタバコを吸っても、ニコチンはバニレクリンに邪魔されて受容体にくっつけず、タバコを吸った効果を味わえません。(その意味では阻害薬=アンタゴニストとして作用している)。タバコを吸っても効果がなければ、吸おうという動機は薄らぎます。
さらに、ニコチンほどではないものの、バニレクリンは受容体を軽く刺激して少量のドパミンを放出させることで、少しだけニコチンの代わりを務めます(部分的な作動薬=アゴニスト)。これによってニコチンを断ったときの離脱症状を和らげてくれます。吸わなくてもイライラ感が少なければ、止めるのは楽になりますから。そして次にチャンピックスを減量していきます。
「チャンピックス」の成功は、服薬を禁煙の動機を持った人に限っているからでしょう。これは厚生労働省が定めたニコチン依存症に対する保険適用の基準に「禁煙を希望していること」が含まれているからです。これだと、やめたいのにやめられないのが依存症であって、吸いたいから吸っている人は依存症ではないことになります。同じ基準をアルコールに使うと、「俺は飲みたいから飲んでいるんだ」という人は依存症ではないということだ。まったく、やれやれです。
チャンピックスによって禁煙の成功率は上がったものの、弊害も言われています。簡単にやめられるぶんだけ、禁煙を維持するモチベーションが下がり、再喫煙が多いのだそうです。「吸っちゃったら、またチャンピックスでやめればいいや」というわけでしょう。僕の目の前に座る同僚も、そのとおりの発言をしています。以前のニコチン置換療法に比べてチャンピックスの禁煙維持率が低いという疫学的なデータがあるのか知りませんが、さもありなんという話です。
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08月25日(木)
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