ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■リハビリ
僕が子供のころ、実家でヤギを飼っていました。
雌ヤギは乳を搾り、雄ヤギは種ヤギとして種付け料が父の副収入になっていました。種付け料はヤギの血筋によって決まるらしく、良い血筋の雄ヤギを確保することが収入アップにつながるのでした。
ある時、峠の向こうに良い雄ヤギがいると聞いた父は、軽トラックに雌ヤギを積んで出かけました。そのヤギに種を付けてもらって雄ヤギを生ませる算段でした。しかしあろうことか、冬の凍結した峠道で車を正面衝突させてしまい、膝蓋骨(膝の皿)を折る大けがを負いました(ヤギは死んだそうです)。
退院してきた父は、天井から紐をつり下げ、米を入れた一升瓶を足にくくりつけてリハビリに努めました。それは相当痛かったようで、脂汗を流しながらリハビリに励む父の姿を今でも思い出すことができます。父が農業の力仕事ができるようになるまで回復するには、一年近くが必要でした。
話は変わって、アルコール関係で知り合ったある人のことです。
彼は過剰服薬(OD)をやって救急車で運ばれました。幸い一命は取り留めたものの、意識を失っている間に足が変な角度で曲がっていたため、血行が悪くなり、片足に機能障害が残りました。
その足はかなり痛み、無理に動かそうとするとさらに痛くなるのだそうで、理学療法士が勧めても「痛いから」という理由で彼はリハビリに熱心に取り組みませんでした。やがて足が徐々に回復し、痛みが取れる頃になってリハビリをやろうとすると、「動かさない状態で長く経過してしまったので、今さら機能回復は望めない」と突き放されてしまったのだそうです。
何にせよリハビリというのは痛かったり苦しかったりするものです。しかし、痛いから、苦しいからとリハビリを避けていては機能回復が望めなくなってしまいます。
うつ病においても、難しいのはリハビリなのだそうです。薬を飲むことは難しいことではありません。うつ病が社会に認知されるようになったおかげで、仕事を休むことの必要性も理解して貰えるようになりました。つまり、薬を飲むこと、休むことは比較的簡単なのですが、問題なのはリハビリです。
元々苦しいことを無理して続けてきたのでうつになった、と言えます。リハビリというのは、その環境に徐々に戻っていくことです。ところが、足の関節と同じように、社会的機能も使わなければ徐々に衰えていきます。健康な時には、膝を曲げることも歩くことも痛くなかったものが、怪我をした後はそれが脂汗が流れ落ちるほどの苦しみに転じてしまいます。けれどそれを経なければ機能回復がありません。つまり、リハビリというのは強いストレスなのです。
昨日まで休職して家にいた人が、いきなりフルタイムの仕事に復帰するのは無理な話です。それは動かない膝を無理に動かして農業をしろというのと同じです。結果としてうつがぶり返すことが多く、再び休職どころか退職ということになりかねません。やはりリハビリ期間は必要だし、しかもそこで焦って無理をしても、その期間はなかなか短くなってくれません。
逆にリハビリの辛さを回避する人たちは、「元々苦しいことを無理して続けたせいでうつになったのだから、こんな辛いことをしてはまたうつがぶり返す」と言います。そうやってリハビリを回避し続けた挙げ句、機能回復が難しくなっていきます。つまり「うつをこじらせてしまう」わけです。
満員電車に揺られて会社の近くの図書館に「出勤」し、そこで8時間過ごして帰ってくるとか。出社するだけで仕事をせずに会社に7時間いろとか。残業制限があって、仕事が終わらなくても帰らなくちゃいけないとか。そこに辛さや苦しさがあるのは当然で、それを飛び越していきなり日常生活には戻れないものなのです。その間にぶり返しがあっても、地道にリハビリを積むしかないのでしょう。
アルコール依存症もリハビリが難しい病気という点では同じだと思います。精神病院から退院していきなり仕事に復帰という例もありますが、皆がそううまくいくわけではなく、無理をすれば簡単にぶり返します。
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04月29日(木)
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