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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■mil 禁酒法とAAと霊性(その2)
アルコール依存症の本を読むと、まるでAA以前にはグループが存在しなかったのように書かれていることもありますが、AA以前にもたくさんのグループが存在しました。それが消えていったのは何かの欠点があったからです。「12の伝統」はそうしたグループの経験が反映されています。

AA以前のグループは、二つに大別できます。とても宗教的なグループと、宗教性を取り除いたグループです(AAはその中間です)。

何をやっても酒がやめられなかった末期のアルコール依存症者が、(例えば留置所の中で)突然の衝撃的な宗教的体験を経て神の存在を実感し、人格が作り替えられて酒の必要をまったく感じなくなり、以後実際に飲まずに過ごす・・ということが、あちこちで起きていたようです。この宗教的体験による人格の再構成を「回心(reform)」と呼びました。宗教的指導によって他のアル中さんに回心を作り出そう、というのが宗教的グループの骨子です。

AAのビッグブックでも、精神科医のユングがローランド・ハザードに対して「君のような見込みのない患者は、宗教的体験しか治療法がない」と言って見放す場面があります(彼は後にオックスフォード・グループに参加して回復し、その経験がエビー・Tを通じてビル・Wにもたらされる)。

神が嫌いな(つまり大部分の)アル中さんたちにとって、宗教というだけでハードルが高くなります。また宗教者の立場からも、熱心に宗教に取り組んだ善人にもごく一部にしか起きない宗教体験が、だらしない飲んだくれに普遍的に起こせるはずがない、という批判が浴びせられました。

AAも創始者ビル・Wの「霊的体験」というのが発端になっています。タウンズ病院の個室に入院していたビルが突然白い霊光に包まれ意識が作り替えられる体験は、「ビルのホットフラッシュ(あるいはホワイトフラッシュ)」と呼ばれ、ビッグブックでは第1章に書かれています(成年に達するにも再度書かれています)。ビルも先達たちと同じように宗教的体験によって目覚めてグループを始めたわけです。

ただし、現代の研究者たちは、このビルのホットフラッシュは「病院の薬の副作用で幻覚を見た」と結論づけています。当時アルコールの離脱治療に使われていた薬(ベラドンナなど)には有害な副作用が多く、幻覚を見ることは珍しくありませんでした。

幻覚を見て「自分は気が狂ったのではないか」とビルに相談を受けたシルクワース医師は、何が起きているか重々承知の上で(!)「これは私も本で読んだことがある。霊的な体験でアルコールから解放される現象だ」と元気づけてビルを励ましています。もしここで医師が「ああそれは薬の副作用ですね。別の薬を出しましょう」と言っていたら、AAは絶対に始まらなかったのでしょう。ビバ!シルクワース博士。

ビルは後年、シルクワース博士が「それを幻覚だと言わなかった」ことに対して謝辞を述べています。女性最初のメンバーであるマーティ・Mも、ティーボウ博士から同じ説明を受けています。う〜ん、ナイス。時代が下るとともに劇的な霊的体験をするAAメンバーの比率は下がっていきますが、それは向精神薬の進歩が反映されているのでしょう。

ビッグブックにも名前が登場するウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』は、20世紀初頭のベストセラーでした。僕はこの本を最後まで読めていませんが、霊的(宗教的)体験には決まった形がなく「なんでもあり」なんだということが分かります。ビルはこの本をエビーから渡されて読んでおり、自らの体験を霊的なものと解釈する根拠になったと思われます。

AAがオックスフォードグループから受け継いだプログラム(降伏、告白、自己点検、賠償、人の手助け)は、ビルのような霊的体験を人為的に引き起こすための手段だと考えられました。実際現在でも12のステップを行っていく過程のどこかで(たいていはステップ5か9)、神の存在を感じるメンバーは少なくありません。ただしその震度はビルの体験とは比べものにならないほど穏やかで平凡なものです。


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11月23日(月)
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