ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■ちょっと長い話
父が死んだ葬式の席。僕は前の晩まで飲んでいた酒の離脱症状に苦しんでいました。かすかに震える手で、集まった人々に酒を注いで回りながら、僕は酒を飲みたくてたまりませんでした。家の中の人目につかないところで一杯飲もうと思うのですが、田舎の葬式は、親戚やら近所の人やらで家中人だらけになってしまいます。
斎場で父のお骨を拾うとき、母は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていました。けれど僕は悲しいという気持ちよりも、早くこれを終わらせて精進上げの席で一杯飲めないものだろうか、と考えていました。
翌日医者に行って薬を出してもらい、一時的に酒をやめました。
3週間後は自分の結婚式でした。僕は乾杯のシャンパンから飲み始めました。皆の顔には、咎める気持ちと、仕方ないかという諦めの気持ちの両方が浮かんでいました。そしてそのまま新婚旅行に行ったのですが、当然僕の酒は加速度的に増え、旅の後半には、僕はすこし酒が切れただけで離脱症状に悩まされる状態に逆戻りしていました。
その国のデパートはもう全館禁煙が当然でした。真夏の炎天下、デパートの外でタバコを吸いながら、僕は暑さとは違う理由で吹き出る汗をかきながら、酒の自動販売機のないその国の制度を恨んでいました。新婚の妻など放り出して、その街のどこかへ酒を飲みに消えてしまい気持ちで一杯でした。
親の死の時は、人生最悪の時の一つでしょう。でもその時僕の心を占めていたのは、酒を飲みたいという渇望だけでした。新婚旅行なんて、人生最良の時の一つでしょう。でも僕はやっぱり飲みたい気持ちに支配されていました。底に当たりつつあったのです。
AAに来て、ミーティングに通い続け、仲間に会い続けて、僕の酒は止まりました。僕はAAで酒をやめ続ければ、だんだん自分に自信がついてくるものだと思っていました。酒さえやめれば、それなりに立派な人間に戻れるのだと。けれど、正直になるにつれ、自分は自分で思っているほど立派な人間ではなく、本当の自分は醜く弱い存在だと分かってきました。だからこそ、生きていくためにアルコールが必要だったのです。自分はアルコールが入っている状態が「自然な状態」だったのです。だから、いつもその「自然な状態」に戻りたがっている自分がいました。いつも再飲酒は目前でした。
ある時、経験の長いAAメンバーに、信用できるAAメンバーと、信用できないメンバーをどうやって見わけるかという質問をしました。その人は、いつも「ミーティングに出続け、仲間に会い続けることが大切だ」と説き、それを実践していました。だから当然、そういう活動を一生懸命やっている人が信用できるメンバーだ、という答えが返ってくるものだとばかり思っていました。
ところが彼の答えは違いました。「ハイヤー・パワーを信じている、神を信じている人は信用できる」。普段神という言葉を使わない人だけに、僕は驚き、「やっぱりAAってそれが本質なんだ」と思い知らされました。
僕は自分が頭がいいと思っていました。うぬぼれですな。もし神さまがいるなら、僕は神さまと同じぐらい頭がいい。だから神さまの考えることは、自分にも分かるはずだと思っていました。
ところが、世の中には悲惨なことや、理不尽なことがたくさん起こります。もし、善意の神さまがいて、皆のことを考えながら運命を操っているのなら、そんな辛く悲しいことが起こるはずがありません。ところが、ニュースは悲惨な事件ばかり報じ、自分の回りにも、自分自身にも、辛いことはいっぱい起こります。
これで神さまがいないことが証明できるではないか、と思っていました。
今は、単純に、自分は神さまほど頭が良くない事実を受け入れています。
生きていればいろいろ辛いことは起こります。僕も辛いことは嫌だし、楽しいことが好きです。けれど、やはり辛いことは起きます。それがたとえ僕の目には何のメリットも何の意味も感じられない出来事であったとしても、僕を含む世界を司っている神さまの目から見れば、きちんと意味があるはずだと、今は信じられるようになりました。ただ、小さな僕にはその意味が分からないだけなのだと。
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03月26日(水)
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