ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
[985124hit]
■10 years ago (4) 〜 手遅れだと言われても、口笛...
10 years ago (4) 〜 手遅れだと言われても、口笛で答えていたあの頃
上司と面接をして、上半期の業務目標の達成度を評価しました。といっても目標は僕のいないときに設定されたものですし、上司も僕の能力を測りかねていたでしょうから、かなりいい加減な目標であります。でも評価は下されなければなりません。
きっとこれが冬の賞与の査定対象となるのでしょう。僕の現在の立場は、時給のパート職員とほぼ同じですが、パート社員にも賞与が出る会社なので、はっきり言って僕はわずかな額でもいいから賞与が出ることを期待しています。そして、出なかったらすごく恨むんだろうな、会社とか自分の境遇とかを。
年内にはフルタイム勤務に復帰したいという話をしましたが、「まあそう急がなくても」と言われてしまいました。でも、年内ぐらいには復帰しないと貯金が底をつきます。
仲間のバースディ・ミーティングの後、実家へ。母親は海外旅行に行くので、来週は不在だよと教えられました。行き先は敦煌だそうです。これで何回目の海外なんだか。これもアル中である息子が腕時計もなしに東京から帰ってきて、アルバイト代が入ったと言っても家にも一銭も入れずに偉そうに腕時計を買い、そしてその懸賞で海外旅行を引き当てたというところから始まったものであります。当たったのは一人分だけ。「海外なんざ仕事で行くようになってやるぜ」と息巻いていた息子はそれを親に譲り、田舎者の農夫夫妻は一生縁がないものと思っていた海外旅行の代金を折半して出かけていきました。行き先はアメリカ西海岸。
月夜のグランドキャニオン上空をヘリで飛んだり、サン・ディエゴの海軍基地を眺めたり、貧しいメキシコの街を訪れたりして、海外旅行が大好きになった夫妻は、次からは全額自腹で出かける計画を立てます。パリを旅して、ショーボートでリチャード・クレーダーマンの生演奏を聴き、ブルゴーニュのワインを飲んだ父は、もう一度フランスを、パック旅行ではなく個人旅行で訪れようとフランス語のラジオ講座を聴きながら、ブドウの選定にせいを出していた10年前。
父がいなくなって一人旅はつまらないと言いながら、スペイン・イタリア・ギリシャ・揚子江・治安定まらぬカンボジア・カナダ・・・とすっかり旅行好きになってしまった母であります。
さて10年前。
スリップ(再飲酒)の繰り返しというよりは、酒の切れている日のが少なくなっていたあのころ。僕は妻になる予定の女性を伴って、AAミーティングに出かけました。AAメンバーの、特に若い主婦のメンバーに「初々しい」などと冷やかされつつ、なんだかよそ行きのミーティングをしました。
あのころは正直さなんて必要だなんて全く思っていなかったので、墓場まで持って行きたいことをわざわざ選んで話すこともありませんでした。しかも、自分でも「それほど酷くない」と思っていた経験談を2〜3織り交ぜて短い話をしただけのつもりだったのに、妻になる女性からは「すごい過去を持つ男なのね」と真顔で言われてとまどってしまいました。
AAミーティングにも「趣味で通っている」のだと思われてたようです。それは僕のミーティングに対する当時の態度をよく示しているのかもしれません。
やがてミーティングから足が遠ざかりました。
二日酔いなのか、禁断症状なのかはわかりませんが、朝に無理矢理起きてみても、手が震えて、吐き気と頭痛がして、激しく下痢をしているような状態で、とても車に乗って通勤などできませんでした。しかたなしに親に駅まで送ってもらい、電車とタクシーで会社に現れていました。帰りが大変だろうと同僚が車で送ってくれたのですが、明らかに酒で仕事ができなくなっている状態であるにもかかわらず、途中の酒屋の前で止めてもらって、酒を買い込んでくる僕を驚きの目で見つめ、「もう二度と君は送ってあげない」と宣告せしめたのも、この頃でした。
[5]続きを読む
10月05日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る