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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■『誘拐の掟』を観て
最初の酒を飲んでいた頃ならともかく、アクティブなAAメンバーになった後も、そうした行動がやまないのはどうしたことか。それをこんなふうに合理化して考えることも出来ます。きっと、マットは12ステップに従って「正しく」生きたくても、私立探偵という職業は人の欲望が相克し、時に暴力的ですらあるわけですから、「正しく」生きてばかりはいられないのだ、と。ましてや彼のようにアウトローに囲まれて暮らしていればなおさらだし。ローレンス・ブロックは、主人公の性格付けにアルコホーリクやAAを使ったけれど、結局これはハードボイルド小説で、12ステップは話を盛り上げる材料にすぎないのだ・・と。

対極的な話として「北の大地」というコミックを紹介しましょう。これは青年マンガ誌に掲載が続いている作品ですが、主人公のプロゴルファーは温厚な性格ではあるものの、自分の信じるところを曲げず、そのことで自らがどんなに大きな不利益を被っても、ひたすら努力して一途に信念を貫いていくところが人間的魅力として描かれています。こちらのほうが、よほど「12ステップっぽい」と考える人もいるのでしょう。

僕もそのように考えていた時期もありました。だが次第に、マットの生き方こそ12ステップの生き方なのかも知れない、と思うようになってきたのです。

この頃、いろんな人の棚卸しを聞くことが多く、人の内面を知るようになるにつれて、一つの考えを持つようになりました。それは、

アルコホーリクになる人は、奇妙な正義感を抱えている。というものです。

「奇妙な」という形容詞がふさわしいのかイマイチ自信がありませんが、他に良い形容詞が思い浮かびません。

ひとつ例を挙げるとすると、映画「酒とバラの日々」でジャック・レモン演じる主人公ジョーです。この映画はAAが協力して作った映画で、AAが考えるところのアルコホリズムという病気の概念や、アルコホーリクの性格が映画の描写に反映されている、と考えることができます。

ジョーは広告会社に勤め、広告マンとして高い理想を持っているのですが、実際の彼の仕事は大口顧客が開くパーティーにコールガールを手配するというポン引きみたいなことだったり、顧客の好みに合わせてまったく的外れの宣伝をやられたりしています。理想とのギャップに悩んだ彼は、上司に相談するのですが、上司は「平気でそういう仕事が出来るヤツもいるのだ」と言って、あっさりジョーを担当替えしてしまいます。傷ついたジョーはますます酒に溺れるようになる。

理想と現実のギャップに悩み、目の前の現実が動かし難いがゆえに、希望を失い、いろいろなことがイヤになってしまう。アルコホーリクの内面にはそんな話が多いように思います。

マット・スカダーも、優秀な警官としての自分に誇りを持っていたわけですが、少女を殺してしまったことの責任は問われず、むしろ犯人射殺を表彰する警察組織に幻滅してしまいます。幻滅するのは警察に対してだけでなく、自分の人生や世の中に対しても希望を失ってしまいます。

奇妙なほどの正義感と、「正しさ」を貫けない現実への苛立ちと幻滅。男性のアルコホーリクの中にはそんな傾向があるのじゃないかと考えています。

12ステップは、私たちが(アルコールに対してだけでなく)動かし難い目の前の現実に対して無力であると教えてくれます。自分の考えた奇妙な「正しさ」なんて貫けなくて当たり前なのです。それでも現実に幻滅せず、むしろ現実から逃げ出さずに向き合って、なお、なるべく心穏やかに生きていく方法を身につけさせてくれます。

「北の大地」の主人公は、動かし難い現実を信念の強さを使って打破していく強いヒーローとして描かれています。コミックらしく、現実には滅多にいない存在を理想として描いています。でも、それは12ステップとはむしろ対極の生き方でしょう。(だって、12ステップは理想ではなく現実ですから)。


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06月18日(木)
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