ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■10 years ago (5) 〜 手遅れだと言われても、口笛...
結納の日の前日の土曜の晩にも、僕は彼女を呼び出しています。今度はあまりに僕の部屋がちらかっていたので、客間での対面でしたが、僕は飲んだくれて畳の上に横になったきりでした。
その晩も僕が言ったことはたった一つだけでした。
「助けてくれ」
それに対して彼女はこう答えました。
「わかったわ。私がんばるから。二人の未来のために努力するから」
(恐らく如何なる人間的力も、われわれのアルコール中毒に救いをもたらすことはできない)
こうして、ここに共依存のカップルが一つできあがったのでした。
翌日の結納の儀では、カメラを用意した人はいるものの、結局写真は一枚も撮影されませんでした。婿さまの状態があまりに悪く、彼はぶるぶる震えていて、ひげを半分しか剃っていなかったからで、そんな状態を写真に残すには忍びないと思われたからでした。
妻(になる女性)は、(そうは言ったものの、本当にこの人で大丈夫かしら)と心配になり、涙が止まらなかったそうであります。だが僕は禁断症状が酷くて、当日のことはぼんやりとしか覚えていません。
そうあの時、東京で自殺未遂をして帰ってきてから約4年。その間に3回の精神病院への入院。もう父も母も、アル中息子の世話を焼くことに疲れ切っていました。保健所の酒害者家族教室に通った母は、「夫婦だったら別れれば縁は切れる。でも親子はそうはいかない」というほかの家族の嘆きを聞き覚え、本当にそうだねぇと息子に言い聞かせていました。
縁談を理由に父母に体よく見捨てられたのだと言うことは、うっすらと理解できていました。それに文句を言えるような自分ではありませんでした。けれども、一人で生きていける自信など全くありませんでした。だから、同情から差し出された助けの手に、相手のことなんか考えずに、僕は必死でしがみついたのであります。
後になって酒をやめることができたのだからと言って、あの後に妻に与えた苦痛の埋め合わせができたわけではないでしょう。どんなに気に障ることがあったとしても、「あの時あの奥さんがいなかったら、あなたは死んでいたでしょう」とAAのスポンサーに言われた言葉を思い出せば、彼女こそ命の恩人であります。
ドクター・ボブの物語にあります。
「もし彼女がそうしなかったなら、自分はとうの昔に死んでいただろう。どういうわけか、私たちアルコホーリクは、世界で一番素晴らしい女性を妻に選ぶ恵みを与えられているようだ。なぜそんな彼女たちが、私たちがもたらす拷問に耐えなくてはいけないのかは、私にはわからない」
もちろん、妻にも持病があり、隠し事はその後いろいろ判明するのですが、文句を言えた義理ではありません。
酒をやめることができたのはAAのおかげでしょう。でも、僕がそのことに集中できるようにしてくれたのは、妻やそのほかのたくさんの人たちでした。
(この項、終わり)。
10月12日(水)
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