ID:1488
頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■お客さんの家にて
午後5時を過ぎた頃、電話がかかってきた。
「あのう、昼間ビデオを買った者ですが」
そういえば昼間、年配の夫婦がビデオデッキを買って行った。
電話はそのご主人からだった。
「ああ、さっきのお客さんですね。どうされましたか?」
「いや、持って帰ってから繋いでみたけど、映らんのよねえ」
「え、映らない?」
「はあ、もう何時間もかかりっきりなんやけど。家に来て繋いでもらえませんか」
「いいですけど、いつがいいですか?」
「出来たら、今から来て欲しいんですが」
今日は全員出勤なので、ぼく一人抜けたくらいでなんということはない。
「わかりました。じゃあ、今から行きます。ご住所はどちらでしょう?」
ぼくは住所を聞き出し、さっそくお客さんの家に向かった。

お客さんの家まで行くと、奥さんが玄関の前に立っていた。
「お忙しいのにすいません」
「いいえ」
「さっきから主人が悪戦苦闘してましてねえ」
「そうですか」
「ま、お上がり下さい」
家に上がってみると、なるほどご主人は悪戦苦闘している様子だった。
ビデオデッキの取扱説明書はもちろんのこと、テレビの説明書まで広げていた。

「こんにちは」
「ああ、すいませんねえ。これだけやってもだめということは、ビデオがおかしいんやないやろうか」
「ちょっと見せて下さい」
なるほどこれでは映らない。
ビデオの入力と出力を間違えて繋いでいたのだ。
繋ぎ直すと、何とか声が出るようになった。
しかし、画が出ない。
今度はテレビの裏を見てみた。
映像入力にピンが刺さってない。
で、ピンを差し込むと画像が出てきた。

「リモコンも効かないんですけど」
いったいこのおっさんは何を触ったのだろう。
リモコンモードが変わっている。
リモコンモードなど、普通の人はめったに触らない場所である。
ぼくは、リモコンモードを元に戻し、最後に無茶苦茶になっていたチャンネルを合わせた。
「これで大丈夫です」
「ああ、すいません。助かりました」

「じゃあ、何かありましたら、また連絡して下さい」と言って、ぼくが帰ろうとすると、奥さんが「にいちゃん、ちょっと待って」と言う。
何だろうと思って待っていると、奥さんはビニール袋にビールやミカンを詰めだした。
「にいちゃん、これ持って帰って」
「いや、いいですよ。そんなことしないで下さい」
「忙しい時間にわざわざ来てもらったのに、手ぶらで帰らせるわけはいかん。ね、にいちゃん持って帰って」
ぼくが困った顔をしていると、ご主人が口を挟んだ。
「こら、“にいちゃん”とか失礼やないか!」
「だって、“にいちゃん”やん。何と呼んだらいいんね」
ご主人は、一呼吸置いて言った。
「“おじさん”と言いなさい」
「“おじさん”じゃないでしょ!」
「じゃあ、何と呼ぶんか」
「“にいちゃん”でしょうが」
「だから、それは失礼だと言いよるやないか。“おじさん”やろうが」
このまま夫婦の論争につき合うのも面倒なので、「じゃあ、もらっていきます。ありがとうございました」と言って、さっさとその家を出た。

そのお客さんが今度店に来た時、ぼくのことを果たして何と呼ぶのだろうか。
ぼくとしては、“にいちゃん”と呼んでもらいたいのだが。
02月16日(日)
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