ID:1488
頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■キチマン君
うちの店で働いているバイトの中に変な男がいる。
某大学の学生で、めがねをかけ、いつも顔は無表情である。
ぼくはその男のことを、彼の名前をもじって「キチマン君」と密かに呼んでいる。
あまり接したことがないので、ぼくはキチマン君のことをよく知らないのだが、とにかく変わっているということだ。
融通が利かないとか、頑固だとか、チェックマンだとか、ルールマンだとか。
例えば、お客さんに「○○はどこにあるか」と尋ねられた時、普通の人なら極力自分で探そうとするが、キチマン君は違う。
わざわざ店内放送をかけ、その担当者を自分のいるところに呼びつけるのだ。
後で、「そのくらい自分で探せ。この忙しいのに」と文句を言われている。
が、相変わらずキチマン君は店内放送をかけている。

ぼくは昼食の時間が遅い。
いつも午後3時か4時に食事をしている。
4時からの時に、キチマン君と出くわす。
彼は4時から15分間の休憩に入るのだ。
入ってくるなりぼくの顔を見て「こんにちは」と言う。
ぼくも「ああ、こんにちは」と返す。
休憩室のテーブルはひとつで、向かい合わせに座るようになっているのだが、キチマン君はどういうわけか、背中を向けて座る。
そしてずっと頭を抱えている。
そのまま15分が過ぎ、キチマン君は店内に戻る。
いったい何をしに来ているのだろう。
しかも、その後必ず彼の店内放送が聞こえる。

昨日のこと、キチマン君がぼくのところに走ってきた。
「すいません。ちょっといいですか?」
「何ね?」
「あのう、○○のことなんですけど」
「は?あんたここ部門が違うやろ。ちゃんと担当者がおるんやけ、そこに行くか、いつものように呼び出すかすればいいやないね」
「あ、そうでした」
そう言ってキチマン君は戻っていった。
しばらくして「○○担当の方・・・」とキチマン君の声が店内に響いた。
その声を聞くと、どういうわけか、ぼくは安心した。

キチマン君は高校の頃、登山部に入っていたらしい。
今日、キチマン君のいる部署で、その話題が出た。
たまたまそこに行っていたぼくは、キチマン君に聞いてみた。
「登山部は、試合があるんかねえ?」
周りにいる人は、「登山に試合なんかあるわけないやんね」と言っている。
キチマン君はそれを聞いて、憮然とした顔で、「競技会があります」と言った。
「スピードを競うんね?」
「それもあります」
「他になんかあるんね?」
「登山姿勢とか」
「腰は45度に曲げないかん、とか?」
「まあ、そんなとこです」
相変わらず仏頂面だ。
「走ったらいけないところもあります」
「ふーん」
笑顔もなく、真面目くさって語るキチマン君をぼくは観察していたが、これが何も特徴がない。
面白くないので、ぼくはその場を去った。

あとで、その部署の女の子に、「もしかして、登山の試合の時、ここからここまでは歌を歌わないけん、とかあるんかねえ?」と聞いてみた。
「さあ、聞いてみたらどうですか?」
「いや、あいつには聞きたくない。でもあったら面白いやろね。
例えば、この岩からあの橋までは『ピクニック』を歌いましょうとか。
『ララララ、アヒルさん ガーガー。ララララ、やぎさんも メー 〜♪』とか歌ったりして」
ぼくはキチマン君が真面目くさった顔で『ピクニック』を歌っている姿を想像してみた。
急に笑いがこみ上げてきた。
「『ガーガー』という声に照れがあるから減点1」
「キーが外れているので減点1」
「笑顔がないから、さらに減点1」

そういえばボーイスカウトは、よく歌いながら歩いている。
キチマン君もボーイスカウトだったら面白いのに。
しかし、仏頂面に半ズボンやハイソックス、想像しただけでもおかしい。
09月19日(木)
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