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リュカの日記
by リュカ
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文字数制限に引っかかってしまったけど、やっぱり日記は書いておきたいので2019年9月15日だけど16日の分に繰り上げて書いていこうと思う。
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【2019年9月15日】
現在午後14時50分。
染みる方の目薬を注した。
あと5分以上置いてからもう一方の目薬を注す。
現在午後15時03分。
振ってから使う方の目薬も注した。
今日目薬を使えるのはあと1回ずつだけだ。
クーポンとPayPayポイントとTポイントだけでイーブックで「おぼっちゃまくん」1巻の上下巻が買えた。
上巻が70%オフで下巻以降が50%オフ。
そこにさらに15%オフのクーポンがかかって、めっちゃ安く買えた。
そういえば俺って定期的に内科で採血されてるんだよな。
それで異常が見つかってないって事は、得に心配する事でもないのかもしれない。
でも、ちょっと前の粉瘤が出来た時に悪性腫瘍を疑われて外科を紹介された事もあるから安心だとは言い切れないか・・・
おなかの内部の左側の部分がじんじんする。
これも肝がんの症状なのかな・・・
肝臓の左側にがんが出来てたらみぞおちにしこりが出来る、という記事が出てきたので。
でも「肝臓 どこ」で画像検索したら肝臓はもっと上の方みたいだけど、どうなんだろうか。
もしも本当に死ぬ事になってしまって、母やメッセの子を悲しませてしまったらそれはそれで申し訳ないな・・・
最近人生が楽しくなってきて人生に前向きになってきたとは言え、それでも電子書籍のまだ未読のコミックスや動画編集の勉強やDbDやツイッターじゃ「これらをやりたいから自分はまだ死にたくない。生きていたいんだ!!」という強い動機になるには、俺の中では優先度が低いと思う。
これまで俺が味わってきた人生における恥の感覚、恐怖の感覚、パニックの苦しみ、未来への不安等による生き地獄はそんなもので「やっぱり生きたいんだ!!」と俺を引き留めるに足るほど生ぬるい苦しみじゃなかったもんな。
本当にほぼ毎日が地獄のように苦しかったし。
まだがんだと決まった訳じゃないけど、なんか割とすんなりと死を受け入れられそうな気がしてしまう自分がいる・・・
とはいえ、また胸がバクバクと高鳴って不安感に襲われる。
たぶん死を拒絶しようとする生存本能的なものだと思う。
それとも単に毎日恒例の不安感の峠が遅れてやってきただけなのか。
いつもは昼前に峠が着てたけど、今日はショッキングな可能性が浮かんで峠がやってこなかったからな。遅れてやってきた可能性もあると思う。
俺みたいに日常的にパニックに陥ってる人間にはそこのところの見分けというか、判断がつかないが。
「あなたは余命50年です」とか「あなたは余命20年です」と言われて、果たして恐怖を抱くだろうか。
それがたとえ「あなたは余命半年です」に替わったところで、近いか遠いかだけで結局同じ事じゃないのだろうか?
人間は絶対にいつか死ぬように出来てるんだから、今更死を恐れても仕方ないと思う。
もちろん、自殺とかは絶対にしちゃいけない事だけど。
病死自体は父も祖父も経験した事だからな。
この世で俺だけが死ななきゃいけないように出来てたのならそりゃ怖いし悲劇的な気持ちになって理不尽だ、と怒りも覚えるかもしれないけど。
みんな通る道なのだ。
なのにバクバクしてきてしまう。
しょうがないよな・・・
死への不安は本能なんだ。
でも、ここまで長々と死について語ってしまって、結局何もなかったらとんだ恥さらしだよな。
まぁ、生き恥さらしなのは今に始まった事じゃないが。
俺の人生殆ど全部黒歴史だもんな。
以前どこかで「死の受容過程」という記事を読んだ事があったので、そのワードでググったらこんな記事が出てきた。
↓
キューブラー・ロスの死の受容過程
第1段階:否認(否認と孤立)
死の運命の事実を拒否し否定する段階です。周囲から距離をおくようになります
第2段階:怒り
死を否定しきれない事実だと自覚したとき、「なぜ私が死ななければならないのか」と問い、怒りを感じます
第3段階:取引
死の現実を避けられないかと、「神」と取引をします
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09月16日(月)
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